連載小説「ウイニングアンサー」第2回

クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第2回 2017・10・4発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))

※この作品はフィクションです。実在の人物、番組、設定などとは一切関係ありません。よって、現段階で、だれのモデルが実在のだれかはあまり詮索しないでください(笑)

(これまでのあらすじ)
少年クイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐は「若者チーム」の一員として、クイズ番組『おQ様!!』の収録中。若者チームは大人チームとの対戦に勝利し、100万円の旅行券をかけた最後の一問多答クイズに挑む!
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『古代ローマ帝国の皇帝を答えよ。「2世・3世」などは除く。帝政開始から395年の東西分裂まで。共同皇帝の東方正帝・西方正帝は含む』
これなら俺にもいくつかはわかるな。五賢帝、最初と最後、あれとあれとあれ……。どれが俺まで残るんだろう。
モニターにはトップバッターの七絵がアップになった。いつもの笑い顔だけど、どこかひきつってるような……なんて思う間もなく。
スタート!
七絵が、自信ありげに書き込んだ答えがモニターに映る。
『シーザー』
ブザー。
「あれ?」
七絵はペンタブレットの文字を消して、『ジュリアスシーザー』と書き直す。
またブザー。
「なんで、なんでよお!」
『カエサル』と書くとまたブザー。
『ユリウスカエサル』ブザー。
『シーサー』ブザー。沖縄じゃない。きっと放映のときはシーサーの写真が出るんだろう。ここまでで20秒が経過した。どうすればいいんだ。
「別の人の名前を書いてください!」
オサマーズさんまで焦ってる。
俺の右隣の奈々未は、七絵に向けて宙に拳を何度も打ちつける。
左隣の麻衣は笑った顔を張り付けたまま細かく震えている。
次の解答者、猶人はペンを持ったまま横目で七絵をちらちら。
「えっとぉ……」
やけになったかのように書いた名前は。
『カールたいてい』ブザー。
カール大帝は「395年の東西分裂まで」の条件にはあてはまらないよな。
「これはだめ?」
今度は慎重に書いていく。
『コンスタンティウス』長いよ。
でもとうとう正解だ。
ここまで35秒が経過。残りは25秒しかない。今まで溜めていたものを放出するのみ。
モニター映像が猶人に変わる。すばやく「ネルヴァ」と書く。残り22秒。
なるは「カラカラ」。これだけしかローマ皇帝を知らなかったらしい。残り19秒。
智和は流れるように「ネロ」。残り17秒。
和実は画面真ん中に小さく「カリギュラ」。残り14秒。
卓志は「マルクスアウレ……」嘘だろ、どうしてそんな時間がかかるものを。「マルクスアウレリウスアントニヌス」と書き終わったときには残り5秒。
奈々未が走り書きで「トラヤヌス」。残り2秒。
俺の番! とにかく短く! 画面に「ピ」の文字が浮かんだ瞬間、時間切れの爆発音がスタジオに響いた。アントニヌス・ピウスを「ピウス」だけ書こうとして、間に合わなかったのだ。
「ああーっ!!!」
意識して大声をあげながら頭を抱えた。負けても見せ場をつくりたい。会心のリアクションのつもりだった。
だがモニターは俺からすぐに、七絵のアップ顔に切り替わる。
笑いながら凍りついている。
「サイレントなリアクションだな、お嬢様ってのは!」
オサマーズさんも野次を飛ばす。
そして収録のカメラが、止まった。

§

 あれから二週間。放映の日がやってきた。
「今夜の二時間スペシャル、どうなんだ?」
放課後の一年三組教室を去ろうとすると、クラスメイトの男子がさらり声をかけてくる。
俺がクイズ芸人になってから二ヶ月ちょっと。デビュー直後は校内いたるところで取り囲まれたけれど、今はもう落ち着いたもの。みんな、俺の芸人活動よりも学年末のあれこれのほうが大事だよな。
それでも放映前後には、こうしてひとりくらいは声をかけてくれるのだ。
同性どうし「ありがとうよ!」と熱く抱きしめてやりたいんだけど、何か誤解を受けかねないから、ここはクールに決めた。
「期待しないでいいから見てくれよ」

その足で、俺は家に帰らず電車で都心へ向かった。『おQ様!!』放映の日はメンバー全員が事務所に顔を出し、マネージャーも交えて反省会を兼ねてオンエアをライブビューイングすることになっている。
今日は「大切な話があるから」と、会議室に集合する時刻がいつもより三十分早かった。番組改編の時期だから、何かあるだろうと予感はしていたけど、実際そうなるとやっぱりショックだった。
ユニットリーダーの卓志、才色兼ね合わせた正次、メンバー十人で最年少の奈々未、隠れた実力者の和実。四人が、この三月を最後にクイズ芸人を辞めるという。
「小学生時代最高の思い出ができました。普通の中学生になります。みんなありがとぉぉぉ……うぁああああん……」
奈々未が泣き出すと、なるがもらい泣き。和実、七絵、男子たちも目をこすり始める。俺まで涙が出てきてしまう。いちばん涙と縁が遠そうな麻衣までも顔を手で被う。
「みなさんごめんなさい。私はクイズに向いてなかったんです。みなさんと一緒の道を歩けなくて、本当にごめんなさい……」
和実は涙を拭きながら、淡々と低い声で話す。はじめは“アイドル枠”と揶揄されながら着実に知識力をつけてきた彼女だけど、ここでは謙虚だ。
「堅気に就職するなら今が最後のチャンスなんだ。ここを逃したら一生タレントをやるしかないけど、俺にはその自信はない。だからクイズ芸人を卒業する」
二十歳の大学生として、卓志は率直な思いをぶちまけた。二週間前の収録のときはすでに“卒業”を決めていたという。最終クイズを前に「思い出に残る戦い」と言いかけたのもそこにつながるのだろう。
「僕は、これから学業に専念したい」
「正次は灯大を受験するつもりなんだよな」
マネージャーが横から付け加えた。正次の高校は、最難関・灯京大学(灯大)に毎年合格者数日本一という名門の中高一貫校。正次も当然、併設の中学に入る前から灯大志望だった。
「はい。でも受験の先を見ての判断なんです。さっき卓志が、二十歳が引き返す最後のチャンスだって言ったけど、僕には二十歳じゃ遅い。大学での学問は『諸説あります』だらけで、なかなかクイズのベタ問のようには割り切れないんだ。そちらの世界になじむためには、クイズからは足を洗わないと」
卓志と正次の言葉は身につまされる。将来を考えると、俺たちもいつまでクイズを続けていられるのか。智和も、なるも、麻衣も、立場は違えどみんな神妙な顔つきだ。
だからこそ叫びたい。
「あーっ、湿っぽいのは嫌だ! そんなこと考えたくない。今はクイズ芸人として上を目指すのみ!」
「そう、それが伶佐のキャラ!」
麻衣が乗ってくる。空気を読めないことでは俺と双璧(ほめてない)。
でもこれで、少しはみんなの空気が軽くなった。
もうすぐ、この10人の最後の舞台、『おQ様!! 春の2時間スペシャル』のオンエアが始まる。
(第3回に続く)

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