連載小説「ウイニングアンサー」第9回

クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第9回 2018・7・28発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))

※この作品はフィクションです。実在の人物、番組、設定などとは一切関係ありません。よって、現段階で、だれのモデルが実在のだれかはあまり詮索しないでください(笑)

(あらすじ)中学生にしてクイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐が新チームで春のスペシャル番組に出演! まずは筆記クイズから!)
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「一周目ラストは栄丘和実! 新メンバーです、さあ何番!」
「7番で!」
「『浸透圧の研究 ノーベル化学賞第1回受賞者 ファント・○○○』さあ書いた……ファント・ホッフ! 正解、ブロンズ賞です!」
「やったぁ!」
和実は隣席のリーダー、鷹泊早紀さんと握手する。その顔立ちは、俺たちとやっていたときより、なんだかボーイッシュで精悍に見えた。
顔見せの時間制限筆記トライアル、ジャンルは「化学」。『セブンぺたどる』の挑戦は二周目に入った。はじめの3人は一周目に続いての苦戦、残り時間がどんどん減っていく。
残りわずか15秒で、四人目のリーダー鷹泊さんの番。
「10番!」
『石灰石、アンモニア、食塩、水から炭酸ナトリウムを合成 ○○○○(人物名)法』
いちばん難しそうな最終問題を選んだ。リーダーのプライドか。『ソルベー』と書く。正解!
俺の近くで麻衣が「人物名って限定がないなら『アンモニアソーダ法』もあるね」とつぶやいた。
「出たプラチナ賞! 残り7秒!」
どうなる和実! モニター前の俺たちも拳を握る。
「8番で!」
『クメン法でフェノールを合成するときの中間生成物 C6H5C(CH3)2OOH クメン○○○○○○○○○』
和実はペンタブレットに『ヒドロペルオキシド』と走り書き。
「やった、残り1秒でクリア! シルバー賞!」

五人の解答者が抱き合って喜んでいた。テレビで見た『セブンぺたどる』には怖いイメージがあったけど、生で見ると全然違う。俺たちと同じ、若手クイズ芸人ユニットなんだ。
俺は控え席から和実に大きな拍手を送った。敵も味方も関係ない。クイズ番組の礼儀さえも超えていた。隣の七絵も拍手していた。

続いて大人チーム『ゴールデンアタック』が筆記トライアルに挑戦する。静香が前にいた『ゴールデンハンマー』と、別番組のレギュラーで俺たちと戦っている『アタックチャンス』の合同チームだ。

「さあ残すは2問。エース小向芳子、どちらを選ぶ!」
「9番!」
『ゴールデンアタック』のジャンルは「スポーツ史」。ふつうスポーツのジャンルは流行や時事に近くなりがちだけど、スポーツ史となると普通に知識が要求される。年輩の人が多いこのチーム向けかもな。
『長嶋茂雄の公式戦通算ホームラン数 ○○○本』
さすが小向さん、さっさと444と書き込んだ。ゾロ目なのがミソ。
「正解、ゴールド賞! 40秒の余裕でアンカー下川春菜!」
『ゴールデンハンマー』所属の下川さんはクイズが得意なニューハーフ芸人だ。姿も振る舞いも女芸人(声がちょっと低い)だけど、体は男……のはず。
そして、最近俺が意識しはじめた存在でもある。
「伶佐さんの先輩ですものね」
「あははは……」
七絵にそう言われるところまでお約束になりつつある。違うんだけど。
さて10番の問題は。
『1994年アメリカW杯オウンゴールで敗戦したコロンビアのサッカー選手 帰国直後に殺害 アンドレス・○○○○○』
「あれ? だれだっけぇ!? 思い出せなーい!」
年はもうアラフォーくらいのはずだけど、リアクションは女の子そのもの。服装も、昔の映像で見た昭和のアイドル歌手みたいだ。
「私より弾けてる……」
なるがさらりと、モニター席のカメラを意識しながら言った。放映時にはテロップがつくのだろう。
解答者席では、なかなか答えを書かない下川さんに、司会者さんが声を荒げた。
「わからないなら、下川健司って書いてみろ!!」
「健司ぃ? その名前で呼ばないでぇ」
ここまでが、下川さんの受け答えのお約束なのだ。
「残り時間、10秒です!」
その声を聞くと、下川さんが真顔に変わった。
ペンタブレットにさらさらと答えを書いていく。
『エスコバル』
「正解! プラチナ賞! 『ゴールデンアタック』見事クリアです!」
「やったぁ!」
下川さんは腰をくゆらせる得意のポーズで、チームメイトとハイタッチした。

さあ、俺たちも解答者席に移動だ。
入れ替わりで『ゴールデンアタック』の人たちがモニター席に向かってくる。
俺はどうしても、最後尾を歩く下川さんを意識してしまう。
目を合わせないように、さりげなくすれ違おうとしたら、
「伶佐くぅん」
あちらから声をかけられた。
「お、おめでとうございます」
「ありがとー!」
下川さんが手を挙げると、俺の手も反射的に挙がる。ハイタッチ。あの下川さんと触れられて、ちょっと感激した。
今は敵どうしなのに、いいんだろうか。まあ、カメラにも映らなそうな角度だし。それよりクイズに集中しなくちゃ。

「最後に挑戦するチームは『もがみがよシスターズ』! 今日が新ユニットのテレビ初出演になります!」
エキストラのふたりはモニター席に留守番してもらって、正規メンバー5人が解答者席についた。
1番席、七絵。
2番席、なる。
3番席、麻衣。
4番席、静香。
そして最後の5番席に俺だ。昼間に事務所を出発するとき、7人一致で決まった解答順。
「『もがみがよシスターズ』さんに挑戦していただくジャンルは……数学です!」
「ええーっ」
七絵となるは予想通りだけど、静香まで嫌そうな声をあげた。パターンにはまっていない問題には弱いのだろう。
そんなムードを打ち消そうとガッツポーズをとる麻衣。俺も麻衣に動きを合わせるけど、内心はちょっと不安だ。スタッフが加減を知らずに、10桁どうしのかけ算とか、無茶な問題を出したりしないだろうな?
モニターに10問の問題が次々と表示されていく。さすがに10桁どうしのかけ算はなかったけど、俺にも自信のない問題がある。

今更だけど、この番組の第1ラウンド・筆記トライアルのルールを説明しよう。まず10問の問題が解答者5人に示される。制限時間の3分(つまり180秒)間に、解答者は席順に1問ずつ問題を指定して、ペンタブレットに書いて答える。解答者は5人だが、5人目が答えると1人目に戻ってまた5人目まで進む要領で、1人につき2問答える計算になる。番号の大きい問題ほど難しくなっており、「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」「プラチナ」という賞がついている(賞のついた問題を正解しても、賞品とか特典とかは特にない)。制限時間内ならいくらでも書き直しと問題変更ができるが、解答順を飛ばすことはできない。3分間で10問クリアすればチームにポイントが入る。すでに『セブンぺたどる』と『ゴールデンアタック』がクリアしているので、俺たちもクリアしないと引き離されてしまう。

とにかく、クイズが始まった。
「まずはお嬢様の音標七絵、何番いくか?」
「えーとごめんなさい、1番お願いします」
『2で割り切れる整数を『偶数』、2で割り切れない整数を『○数』という』
「小数」ブーッ!
俺たち4人の顔面がそろって蒼くなった。この間の古代ローマ皇帝問題の悪夢がよみがえる。
だがその不安は一瞬で終わった。七絵の顔が輝く。
「あっ、思い出した!」
書き直した答えは。
「奇数」ピンポーン!
やったぁ! しかし胸をなでおろす暇はない。
「2人目、元アイドルの山碓なる!」
「4番です!」
『幾何学の父・ユークリッドの名言「幾何学に○○なし」』
「んー……わかりません。3番で!」
『1995年にワイルズが証明 ○○○○○の最終定理』
「えっと……」
「フェルマー」
なるの書き方は慎重だったが、見事に正解した。ここまでで50秒経過。
「エース乙忠部麻衣、この位置で何番!」
「9番!」
『素因数分解してください 10001=○○×○○○』
実は俺にもわからなかった。どこかで聞いたような気がするんだけど。
「73×137」
麻衣は覚えていたとばかりにすばやく書く。そうそう、73137で左右対称になるんだよな。
「正解! ゴールド賞! さすが灯大生!」
麻衣は満面の営業スマイルと両手Vサインで司会者席に応える。
「移籍後初出演の岡島静香、新天地の水は合うか?」
静香は数学が苦手のようだけど、クイズのベタ問もあるよな。
「えーと……2番で」
『群論の研究などで知られる19世紀フランスの数学者 20歳で決闘により死亡 エヴァリスト・○○○』
「これでよかったかな……」
静香にしては自信がなさげにゆっくり書く。俺でもすぐ書けるのに。数学というだけでプレッシャーがかかるのか。
「ガロア」
正解。静香が胸をなでおろす。
70秒経過、いよいよ俺の番。
「ラストは最年少の風烈布伶佐、さて何番?」
目をつけておいたこれでいこう!
「7番!」
『1の2乗、2の2乗、3の2乗…と、順に100の2乗まで足すといくつ? 1^2+2^2+3^2+4^2+…+100^2=???』
この公式は高校で習うけど、俺も先取り学習で知ってるぞ。100×(100+1)×(2×100+1)÷6=100×101×201÷6。ここまでは脳内計算。
画面に「50×101×67」と小さく書いて、その脇で5050×67をさささっと筆算する。そして大きく6桁で答えを書き加えた。
「50×101×67=338350」
「お見事正解、ブロンズ賞! イメチェンの帽子も目立ってる!」
俺は拳を正面に飛ばして喜んだ。難しそうに見える計算問題が正解できると気持ちがいい。
「私が7番とっといてあげたんだから!」
麻衣の言葉に「ありがとう!」と叫んで答える俺。こういうチームプレイはいいよな。
ここまで85秒。残りは95秒だから半分以上残して2周目に入る。
また七絵の番だ。
「4番お願いします!」
『幾何学の父・ユークリッドの名言「幾何学に○○なし」』
さっきなるが断念した問題だ。
「正解」ブーッ。「近道」ブーッ。「常道」ブーッ。
「着眼点はいいよ」
静香が俺に耳打ちしてきた。俺も同感だった。
「王道」ピンポーン。
「よしっ!」
七絵には珍しくVサインを決める。でもかなり時間を消費した。ここまで120秒。
「5番で!」
『「ミルカさん」「僕」「テトラちゃん」らが登場する数学小説 結城浩・作「数学○○○」』
なるは文学(?)問題を選んで、すらすらと解答した。読書好きだから知ってるかも?
「を愛した博士」ブーッ!
「あっ、勘違いだ!」
『博士の愛した数式』とごっちゃにしていたのだろう。すぐに書き直す。「ガール」でピンポーン。さっきの「フェルマーの最終定理」も題材にされている小説『数学ガール』だ。
ここまで130秒、残るは3問。さあ麻衣は? アレは選んでくれるなよ?
「8番です!」
『覆面算 ABCDEF×6=DEFABC ABCDEFとなる6桁の数は?』
まいったな、これをとられたということは、俺にはあっちの問題がまわってきそうだ。今から答えを考えておかないと。
「857142」ブーッ!
「あっ、勘違い! こっちだこっち!」
「142857」ピンポーン。シルバー賞だ。
142857に1から6までの数をかけると、各桁の数字が並び替わるんだよな。俺も知っていた。
145秒経過。さて静香の番だが。
「6番!」
あー、やっぱりこれを選んだか。
『正12面体の頂点の数』
静香はフリーズしたまま。「何か書いて!」と司会の声が飛ぶ。
「50」ブーッ!
ああダメか。いや、静香がタブレットに絵を書き出した。歪んでるけど正12面体のつもりらしい。実際に数えてみる策に出たか。
「1、2、3、これで4、えーと5678……もういい、これで!」
「20」ピンポーン!
どう数えたのか、当てずっぽうかは知らないが、とにかく正解した。
175秒経過、残り5秒でついに俺の番。10番しか残っていない。
『無限和を求めると、?に入る数はいくつ? 1/1^2+1/2^2+1/3^2+1/4^2+…+1/n^2+…=π^2/?』
オイラーのバーゼル問題。どこかで聞いたことがある式だけど、πの2乗が出てくるインパクトが強すぎて、肝心なハテナの部分の数字がうろ覚え。麻衣なら知っていそうなのに、どうして俺に回すんだ。
実を言えば事前に、正確には静香が6番を一度間違えた頃に、俺はひらめいていた。穴埋め問題なんだから、概算すればなんとかなるはずだ。
右辺、πの2乗はおよそ10ってとこだな。問題は、これが左辺の何倍にあたるか。
左辺、1+0.25+0.111+0.0625で1.42……そこまで画面の端に書いた時点で、俺の解答順がまわってきたのである。
残り時間5秒。とにかく何か数字を書かないと。
「7」
そう走り書きした直後、ブザーと爆発音がたて続けに鳴った。
同時に、「6」と書けばよかったことに気がついたが、山鉾は行ってしまった後の祭り。
机に突っ伏す静香、フリーズ状態のなる、顔を両手で覆う七絵、天を仰ぐ麻衣。そして俺はムンクの叫びポーズ。
「残念! 『もがみがよシスターズ』クリア失敗、1回戦無得点です! 正解は『6』でした!」

「せっかく10番も残してあげたのにぃ」
麻衣がカメラを意識して叫ぶ。
「私が右脳パワーで5秒残したのに!」
静香が俺の肩に幅寄せしてくる。
「やっちまったー! 142857に邪魔されたー!」
俺も、とにかく愚痴でリアクション。でも、10÷1.42の概算のとき、麻衣の答えた「142857」に引きずられて「7」と書いたのは本当のことだ。
司会者さんも突っ込んでくる。
「レイちゃんさあ、わからないならレイ(0)って書けばよかったんだよ!」
「下川さんじゃありませんよ俺は! それに0じゃ割れません!」
モニターの俺の表情、本当にぶすっとしてた。スタジオの空気が引いた。
芸人的には放送事故同然だと俺が気づいたときには、司会者さんはモニター席に声をかけていた。
(第10回に続く)

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