連載小説「ウイニングアンサー」第6回

クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第6回 2017・12・2発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))

※この作品はフィクションです。実在の人物、番組、設定などとは一切関係ありません。よって、現段階で、だれのモデルが実在のだれかはあまり詮索しないでください(笑)

(あらすじ)中学生にしてクイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐が女子4人と共にハーレム合宿!? ところが伶佐の新衣装はまるで罰ゲームのような女装!これってつまり「シスターズ」だから!?
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「もう少し髪が伸びましたらまた調節いたします。風烈布様の髪の量でしたら、次回はより自由なアレンジができるかと存じます」
芸人デビューからお世話になってるから、もう顔なじみの美容師さんが、横から俺たちに説明してくれる。
「レイちゃん、断髪式おつかれさん!」
麻衣がはしゃぎながら俺の頭を指で触れる。
「大して変わってないぞ……」
「違うんだよ。頭の上のこのボリューム感とか、完全に女子のショートカットだから!」
俺はもう、いじられることには観念した。
「問題。アメリカ・ニューヨーク市の地名とは本来は関係がなく……」
不意に耳打ちしてくるのは岡島さんだ。
「……オスマン・トルコでは皇帝の愛人たちが住む場所のことをいい、なぜか現代日本では、女性に囲まれた男の天国を意味するようになった言葉といえば何?」
「えっと、ハーレム」
「ピンポーン。今の伶佐の状況だよな」
「これが?」
『もがみがよ』結成以来、いろんな人からそう言われてるけど、いじられ放題と天国は全然違うと思う。
「あと、反応遅い。『皇帝の愛人たちが』あたりで反応してよ」
「そ、そうですね」
「丁寧語は禁止でしょ」
「そ、そうだね、岡島さん」
「名字呼びと敬称も禁止! 身内なんだから」
ライバル陣営からの移籍で同じユニットになったばかりの岡島さん……じゃなくて静香とは、まだ打ち解けきれてなかった。年齢も10も離れているし。クイズオタクなんだなということはよくわかるけど、なんか話が唐突気味で、ついていきづらい。
「ほーら、フィットしてまーす」
不意に頭に何かが乗った。七絵が、俺の衣装の帽子を持ってきて被せたのだ。
鏡の中の帽子を被った俺は、女の子というよりは、背丈は高いくせにかわいい男の子ってところか?
「なんだか、なるさんよりもアイドルらしいですよ」
「えっ、なんだかうれしい」
なぜか反射的にそう答えてしまった。
当のなるはといえば、俺たちから数歩引いたところに無言で立っていた。顔を両手で隠しながらも、指のすき間からしっかりこちらを見ている。怖いもの見たさという様子。
まあ、アイドル出身のなるが、男の女装を怖く思うのも当然だろう。お嬢様の七絵が好意的なのが不思議なくらいだ。
でも正直言って、鏡を見ても、元の髪型とどう違うのか、あまりわからない。
「そのうちわかりますよ」
七絵が微笑みながらそう言う。
そして、この間のメイクのときに剃られた眉毛にも、さらに手が入れられていた。指で触れてみても、毛の感覚がしない。
「もう俺、男として街を歩けないぞ」
「問題ない。男である前にひとりのクイズ芸人・風烈布レイちゃんでしょぉ?」
「俺は伶佐だ」
麻衣がこんなに口数が多いなんて初めて知った。おまけになれなれしい。

かくも、事務所御用達の美容室で、俺の髪型が女子のものへと微調整される様を、『もがみがよシスターズ』の残り4人がつぶさに観察していた。
でも、男子の髪型と女子のショートカットがどのように違うのかを俺が悟るのは、まだ少し先のことだった。
「もう一度言うね。いい断髪式だったよ」
「アイドルが不祥事を起こすとやるアレだっけ?」
「力士が引退するときだろう」
順に麻衣、なる、静香の声。
「これからは私たちの妹としての自覚を持ちましょう」
リアル女子ではいちばん妹の七絵が締めた。

そうこうしているうちに、店に一台のマイクロバスが横付けになった。マネージャーが運転する、俺たちの移動用の車だ。これで合宿所に直行する。
この五人だけで移動するのは初めてなので、女子四人に配慮して、俺はいちばん前の一人席にかがみかけると、
「こちらにいらして!」
七絵が後ろから呼んでくる。
「行ってやれよ、みんなの妹・レイちゃん」
マネージャーまでそう呼ぶか!
仕方がないので、ハーレム座席? へと移動する。
マイクロバスのいちばん後ろの列の席の、真ん中に俺、左右に麻衣と七絵。ひとつ前の列は、静香が左側の席で、なるが右側。
4人の女子が、俺を珍獣のように観察する。もちろん俺の服装は普通の男子の私服。はいているのはスカートなんかじゃなくてメンズのパンツだけど、何がそんなに珍しい?
「ダメ! レイちゃん脚閉じる!」
麻衣が俺の両脚をパンツの上から押さえつけてきた。女らしくしろっていうのか。
「膝はくっつけて!」
これはなるの声。
「やたら注文多いなあ!」
「その通り! 女子ってのはいつもだれかに見られてるんだから、きちっとしてなきゃダメなの」
「芸能人だからって理由じゃなくてね」
「レイちゃんも意識すれば立派な女の子になれますよ」
ああもう、みんなうるさい(静かなのは静香だけだ。スマホで何かを見ているようだ)。だから俺は女子になんかなりたくないってのに。
つい半月前までの、男子ユニット『ラッキー☆アイランド』時代を思い出す。あのころのバス移動では、だれと並んで座っただろう。
年の近い智和か? 話が合いやすかった正次か? それより、みんなバラバラだったかな。
そう。今だから言えるけど、『ラッキー☆アイランド』の中でも、メンバーどうしどこかぎこちなかった。ましてや女子ユニット『Q&QT』の子たちとは、共演しててもレンタルキャット、借りてきた猫状態。
今回の合宿の目的には、新しいユニット内の親睦感をはかることもあるって聞いたけど、なかなか難しそうだ。一応はプロのクイズ芸人として、なんとかしないといけないんだろうけど。
「ほらほらひざが開いてきてる! 気をつけてよレイちゃん!」
人見知り気味だったなるも、調子に乗って俺をいじりにきた。
こういう状況も、世間の男はハーレムと呼ぶのだろう。

とにかく、俺たちは合宿所になる海岸のホテルに着いた。
案内されたのは、寝室がふたつと、別にLDKまである大きい客室。キッチンにはIRコンロもついている。まるでちょっとしたマンションだ。
「きゃあ、海が見える!」
「いい景色!」
なるや七絵は大喜び。静香はこういうときも冷静。
「今回はクイズの特訓に来たのよ」
「いや、クイズだけじゃない」
マネージャーの意外な発言に、一同黙り込む。
「まず静香と麻衣。ふたりは俺と一緒に買い出しがてら、この近所をウォーキングする」
「ええーっ、クイズやらないの?」
「今日は、みんなそれぞれの苦手なものを克服してもらおうと思っている。静香も麻衣も、クイズのやりすぎで外に出てないんじゃないか?」
いつも機械的にスケジュールを連絡するだけ、って印象のあったマネージャーが、今日は妙に熱い。
「それに、人間関係も心配だ。お互いプライドがあるのかは知らないけど、ふたりで会話したこともないんじゃないか? 俺をはさんでなら気楽だろう、今日は打ち解けてみろ」
当のふたりは無言のまま。どうやら図星のようだ。
いくら静香が新参者とはいっても、俺とも一応会話ができている。ふたりの間にはよほど合わないものがあるのだろうか。
「なる、七絵、伶佐はここで留守番してもらう。なると七絵は基本問題ドリルでクイズの特訓だ。伶佐、問題読み頼んだぞ」
「あ、はい」
「クイズなんて間違えるのが花じゃないんですか?」
なるが愚痴気味に言う。
「それは昔のことだよ」
「静香の言うとおり。愛嬌だけじゃ困るって、番組プロデューサーからも注文が来てるんだ」
マネージャーの言うことは、俺にもよくわかった。以前はクイズ番組でおバカキャラブームがあったけど、今はボケた答えを出しても反応が悪い。
アイドル上がりのなるや、浮き世離れキャラの七絵には厳しい時代になった。『Q&QT』だった小石和実がクイズ芸人を辞めたのも同じ理由だろう。
「一緒にがんばりましょうね、なるさん。伶佐さんもよろしく」
七絵が手の甲を差し出してきた。まず俺が、その上に恐る恐るなるが、順に手を乗せた。
「そして伶佐は女子力の特訓だ。女子としての仕草が身についているか、なると七絵にしっかりチェックしてもらう」
「あー、了解です」
これはまあ予想がついていた。
「それと、伶佐には夕食をつくるのも担当してもらう」
「え!?」
これは予想外だった。4人の女子の微妙な目線がこちらを向く。
「今日は素泊まりだ。せっかくキッチンのある部屋だから、有効活用しないとな。食材と料理用具と食器は、僕ら3人が買い出ししてくる。伶佐にはこちらの女子力も発揮してもらわないとな」
「だいじょうぶ~?」
「一応、学校の家庭科で少しは料理を習ってるけど」
麻衣にそうは答えたが、正直言って自信はない。
「女子たちは伶佐を見守ってやれ。ちょっとした手伝いやアドバイスはOKだけど、できる限り伶佐の好きにやらせてみよう」
ちょっと待てよ。もう、どうにでもなれ。
「そして……最後にサプライズだ。せっかくクイズ合宿をやるんだからと、これを用意した」
マネージャーが荷物から取り出したものは、ハードディスクレコーダーくらいの大きさの、銀色に光る箱。それと、手のひらに乗るサイズの小さな黒い箱がいくつか。
「まさか、早押し機!?」
「すごい! ほんもの?」
「その通り!」
俺たち5人の歓声をバックに、マネージャーが銀色の箱と黒い箱(押しボタン)をコードでつなげていった。昔のクイズゲームのおもちゃの早押し機とは全然違う本格派。
「『クイズ芸人にテコ入れするなら、早押しの実力をつけないと!』って、僕が社長を説得し続けた甲斐があったよ。10万円くらいするんだから大切にしろよ」
「特注で作ってくれる業者さんがあるのよね。私も素人時代から使ってる」
芸人デビュー前には一般人クイズサークルにいた静香は、マネージャー以上にこの手の機械に詳しいようだ。
「ボタン連打は禁物よ。テレビ番組のセットのボタンよりずっとデリケートなんだから」
さっそく電源を入れ、ボタンを押して動作テスト。
ピンポン、リセット、ピンポン、リセット、ピンポン、リセット、ピンポン、リセットピンポン、リセット。5個のボタンが、ウグイスの谷渡りをした。
「これなら実力がつきそうだな、なる、七絵、よろしく」
今度は俺のほうから、特訓予定のふたりに声をかけた。
「ああー、私たちも使いたいー!」
「夜は5人でクイズ大会だから我慢しろ。さあ出発だ」
マネージャーが、わめく静香と麻衣を連れて外出しようとしたところで、本当のサプライズがあった。
「おっと、メール着信だ。……明日収録の特番からだ。番組進行の概要が送られてきたぞ!」
マネージャーから各自のスマホにメールが転送された。

明日の特番に出演するのは、『おQ様!』からは俺たち『もがみがよシスターズ』と、安定の大人ユニット『アタックチャンス』。ライバル番組『みらくるシチュー』からは静香が元いた『ゴールデンハンマー』と、女子のみのアイドルクイズ芸人ユニット『セブンぺたどる』。5人組ユニット(チーム)4つの対抗戦だ。
上位2チームでの最終ラウンドは二人羽織クイズ。
優勝チームには最後の200万円旅行券チャレンジ、一問多答クイズが待っている。

「二人羽織クイズはコツが必要よ! 明日の午前はこれの予行演習をしよう!」
さっそく静香が旗を振る。
「最終ラウンドに進出できるかもわからないのに?」
なるは冷めた顔。
でも、俺にも二人羽織クイズは思い入れのある形式だった。
「静香の言うとおり、俺も予行演習をやりたい!」
俺がそう言うと、マネージャーが「わかった」と大きくうなずいた。ほかの4人も、時間差はあったものの、みな首を縦に振った。

(※第7話に続く)

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