連載小説「ウイニングアンサー」第7回

クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第7回 2018・2・17発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))

※この作品はフィクションです。実在の人物、番組、設定などとは一切関係ありません。よって、現段階で、だれのモデルが実在のだれかはあまり詮索しないでください(笑)

(あらすじ)中学生にしてクイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐が女子4人と共にハーレム合宿!? クイズ力だけでなく女子力も身につくか?)
(長女・静香、次女・麻衣、三女・なる、四女・七絵 お嬢様 末っ子・伶佐)
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「問題。後ろ向きにコインを投げるともう一度訪れることができると言われる、イタリア・ローマの観光名所/」
ピーン! なるのボタンが点灯した。
「コロッセオ!」
「残念!」
ブザーを鳴らすと、二着判定で七絵のボタンが点灯する。
「シーサー!」
「あのー、この間の旅行券クイズじゃないんだから」
「でもローマですよね」
「せめてシーザーにしてくれよ。正解はトレヴィの泉。問題集に書きこんでおくぞ。というかふたりともタイミング遅すぎ。『後ろ向きにコインを投げると』あたりで押せなきゃ」
ここはリゾートホテル、2LDKくらいの広い部屋。年長組が買い出しに出ていて、七絵となると俺は三人で留守番中だ。
俺は七絵となるを相手に、ベタ問(クイズの頻出問題のこと。手垢がベタベタつくくらいに何度も使われていることから「ベタ問」と呼ばれるそうだ)の問題集からクイズを出題している。クイズに弱いふたりにも、なんとか早押しの感覚をつかんでもらいたくて、もう一時間半くらいぶっつづけでこうして1対1早押しをやってるんだけど、ふたりともなかなか調子があがらない。正解をプラス1、不正解をマイナス1とすれば、なるがマイナス5ポイントで七絵がマイナス10くらい。早押しのタイミングも、まだまだ遅い。
「それよりレイちゃん、口を大きく開きすぎ。もっと優しい声で出題してよ」
「帽子も落ちそうですわ!」
そうなのだ。マネージャーの指示で、俺だけがなぜか『もがみがよシスターズ』の衣装を着せられている。ウエストを絞ったセーラー服風の衣装に、外見はスカートに見えるガウチョパンツ。頭には大きなベレー帽のような帽子。
男の娘(というか女子)としての自覚をしっかり持ってくれという趣旨なのだろうけど、正直言って窮屈だ。こうやって、洋間の椅子に腰かけるときも、手足を思いきり伸ばせない。
さすがにスタイリストさんはいないから、帽子の固定は甘い。だからこそ、帽子をずり落とさないように、女子らしい滑らかな立ち振る舞いが求められるのだけど、俺は何度もふたりに注意されている始末だ。
「はいはい。弱点克服ってのはお互いに難しいよな。それじゃ問題」
俺は帽子を左手で直しつつ、右手で問題集のページをめくる。
「この値が200パーセントを超えると経営が健全であるといわれ、保険業法では「保険会社の保険金等の支払い能力の充実の程度を示す比率」と呼ばれている、保険会社が通常の予測を超えるリスクに対応できる余力を示す数値をなんという?」
七絵が押した。
「ソルベンシー・マージン比率!」
「すごい、大正解!」
ピンポンピンポンピンポンピンポン! 俺は何度も正解ボタンを押した。
「よく答えられたな、長い答えなのに」
「これは長いから覚えてました!」
「タイミングは遅いけど、まあ仕方ないか。静香は『この値が200パーセントを超えると』で押さなきゃって言ってたけどな」
「あー、そこでわかってたのに! 覚えてたのに!」
なるが今更ボタンを連打する。
「遅いよ! それに、早押しボタンは大切に! 一応、精密機械なんだから」
なるはしばらくブーをたれていたが、次から数問続けて正解して、一応の体面を保った。

「ただいまぁ!」
扉が開いて、買い出しに出ていた静香と麻衣、そしてマネージャーが戻ってきた。
「食材買ってきたよ! メインメニューはサーモンと野菜のクリームスープでよかった?」
そう言うや、麻衣が買い物した品をエコバッグから出してきた。テーブルに並ぶのはニンジン、ブロッコリー、魚の切り身、粉末スープの素……。
「聞いてないよ!」
これはなるの声。そこに七絵のツッコミが入る。
「出発前にアンケートとりましたでしょう? お夕飯で食べたい料理の」
「だよな。俺の書いた料理だ」
俺が言うと、マネージャーが補足する。
「料理担当の伶佐がいちばん無難に作れそうだからこれにした」
合点承知だ。それに、食べ物としても俺の好物だ。
けれども、なるのように苦手な子もいる。
「ニンジンダメなのにー」
「ブロッコリーは好きでしたよね?」
「ま、まあ……」
「緑花野菜は私も好きだ。パンはバゲット、これも私の希望で買ってきた」
「ホームセンターで、食器と調理用具も買ったよ。紙のコップとお皿、プラスチックのフォークとスプーン、携帯用包丁、まないたと鍋、それと、レイちゃんにこれ」
麻衣が、白い布のようなものを俺の腕に押しつけてきた。
広げてみると、ひらひらしたフリルがたくさんついたエプロン。まるでどこかのオムライスレストランのよう。
「これをつけて、料理しろってのか?」
「ピンポーン」
「言い出したのも麻衣なんだろ?」
「ブー。私だって、伶佐の若妻姿が見たいんだ」
まさか静香がそういうことを言い出すとは。でも、この場の一同、賛成の空気。外部に見られてないんだから、もうどうにでもなれ。
「ところで、静香さんと麻衣さんは会話なされたんですか?」
七絵がその問いを振ってきた。
「まあ、もちろんだよ」
そう言いながらも静香の顔はひきつっている。
「静香って、私がクイズを出すと答えるんだよね。会話といってもクイズの問答」
「そうでしたか。そこからコミュニケーションがとれればよろしいでしょうね」
こんな問答に、マネージャーは不満顔のようだけど、俺たちにはこれでも十分だった。

俺はフリルつきエプロンを羽織ってから包丁を握る。頭には、三角巾代わりの衣装の帽子をかぶったまま。
まずは野菜の下ごしらえ。俺も一応学校の家庭科で経験はあるけど、調理場の脇からみんなが見守る中での作業は、やっぱりプレッシャーがかかる。日頃の、テレビカメラに見守られる仕事とも違う。
ニンジンに皮むき器の刃を当てる。
「問題。U字型またはY字型の柄の先端に差し渡すように刃が取り付けられていて、この刃を野菜などの表面に押し当てて皮をむく道具のことを、『皮をむく物』という意味の英語で」
「ピーラー!」
俺の横で静香が出題、麻衣が解答。ふたりとも調子に乗ってる。いけない、指先に集中しないと。
「問題。野菜の切り方で、輪切りにしたものを半円状に切るのは半月切りですが」
ふたりがクイズ形式で俺の料理の実況を始めやがった。
「四分の一でしょう、銀杏切り!」
七絵まで答えてくる。
「ブーッ。不定形に細かく切るのはという問題で、みじん切り」
「そう振りますかぁ?」
俺はもう聞き流している。
なるはそんなクイズの輪からはずれて、サーモンを金網で焼いてくれている。
「どうも」
「鍋のお湯も沸いてるよ」
「そりゃありがとう」
「どういたしまして。私だって積極的になれるんだから」
さっきのクイズのおかげか、なると俺の心理的距離も少し近くなったのかも。

野菜切りはなんとか無事に終わって、次はクリームスープづくりだ。粉末スープの素を、さっきのお湯で溶く。
「問題。小麦粉をお湯で溶かすとき」
「ダマ!」
「出題する暇があったら、いいかげん手伝ってくださいよ」
「はあい、そうだね」
とにもかくにもみんなが少しずつ手伝ってくれて、夕食ができあがった。

「さて、食事しながらで悪いけど、明日収録の番組の二人羽織クイズのチーム分けを決めておきたい」
「決勝でしょ? 進出できるかもわからないのに」
「なるは及び腰だよ。こういうときは、勝ったつもりで考えておくものなの」
「さすが麻衣。じゃあ話を進めるぞ」
二人羽織。細かい形式はいろいろあるけど、基本的にはボタンを押す人と答える人が違うクイズ。強者と弱者がどちらも楽しめる。そして、俺には特に思い入れがある。
今回の番組では5人でペアを3組つくるので、ひとりが2回出場することになる。
「セオリー通り、強いのと弱いので組むぞ。まず静香と七絵。次になると伶佐。残りは麻衣と……」
二回出場できる枠はいちばんクイズに強い静香だろう……と思っていたが。
「もう一度伶佐でいこう!」
「大賛成!!」
それが女子全員の声。
「ちょ、ちょっと待て! 静香のほうが強いだろう」
「レイになら譲るよ」
「わたしもアイドルキャラを譲るね」
「今回はレイちゃんのイメチェンデビューだもの。しっかり目立たせないと!」
「チームのためですわ!」
「そ、そんな必要なんてない!」
みんなが俺に覚悟を迫ってくるもんで、俺もつい声を荒げてしまった。
「チームのためになんて偽善だよ! いつかの早抜けクイズのアシストだってそうだ!」
「…………」
しばしの沈黙。それを破ったのは七絵だった。
「……レイさんは潔癖症なんですよ。でもそれじゃ、番組で使ってもらえなくなりますよ」
それはわかってる。一応プロのクイズ芸人として。
「わかってるけど、だからって無理して俺を目立たせなくたっていいだろう」
「早抜けクイズでわたくしにアシストされて答えたとき、レイさんは喜んでましたよね」
「そりゃ……その場の空気だよ。俺の持論だと、アシストなんて、仕方なく間違えた後の結果としてそうなるものであって、意図的にやるものじゃないよ。わざと間違えるなんて、俺の美学とプライドが許さない」
「でも今のレイちゃんは、わたくしたちのかわいい妹なんですよ」
「何を勝手に」
「今はレイちゃんの売り出し時ですよ。目立たせてもらえるんなら、それに甘えましょうよ」
「でも、俺はできる限りガチな勝負がしたいんだ。いや、少なくとも……ガチであるように見せたい。それが本音」
ここに麻衣が割り込んだ。
「んーと、でもね、レイちゃんのスープ、おいしかったよ。お世辞じゃなくてね」
「私も同感だ。野菜の粒がそろってて、火の通り具合のバランスがよかった」
「私もニンジン食べれた。レイちゃんのおかげだよ」
話が完全にそれたけど、おかげで場の空気がよくなった。
「組分けの件は、明日に持ち越しにいたしましょう」
七絵がきれいに締める。

食材といっしょに買ってあったスイーツでデザートにした。
フランス語で「稲妻」と「キャベツクリーム」だった。
食器は使い捨ての紙とプラスチックだったが、お鍋は静香と麻衣が洗ってくれた。

食後はマネージャーの問い読みで、さっき使った基本問題ドリルでの5人早押しクイズ。
「問題。この値が200パー/」
「ソルベンシー・マージン比率!」
「やるな、なるにしては早いじゃないか!」
「ホントのこと言うと、さっき予習していたの」
「それが大事なんだよ」
なるがVサインをする隣では、さっき同じ問題を答えていた七絵がちょっとブーたれている。
「問題。後ろ向きに/」
「コロッセオです!」
「おいおい、トレヴィの泉だろう」
「あら? 覚え違いでしたか?」
さっきの鬱憤を晴らすような早押しを決めたつもりで大失敗の七絵。恥の上塗り。
「でも、七絵にも早く押す度胸がついたな」
静香が言うと、麻衣と俺もうなずく。
その後の早押しでも、みんなが七絵となるの成長ぶりを確かに感じていた。
(ここまで第7話)

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