連載小説「ウイニングアンサー」第4回

クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第4回 2017・10・13発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))

(これまでのあらすじ)中学生にしてクイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐にサプライズ人事。なんと、女子4人と共に新ユニット「もがみがよシスターズ」の唯一の男子メンバーとなることに! こりゃハーレムか!?
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終業式も間近な、翌朝の学校。
「レイちゃん、おはよう!」
俺が校舎に入るなり、何人かの男子が寄ってきた。ひとりの手には何やら紙の束が見える。
「レイちゃんってなんだ?」
「わかってるだろ!」
そいつは、手に持ったスポーツ新聞を俺に突き付けた。
そこに躍る見出しは……俺にはよくわかってる。
『もがみがよシスターズ誕生 伶佐はハーレム? 男の娘?』
クイズ芸人になってからの数ヶ月に、スポーツ新聞のベタ記事に名前が出ることはときどきあった。顔写真が載ったこともある。それくらいじゃ同級生も騒がない。
でも一面大見出しでこんな大きくカラー写真が載るのは、生まれてはじめてだ。
1年3組の教室にも新聞がまわっていて、俺は注目の的。
「伶佐ってこんなキレイだったんだ?」
「2年でも同じクラスになりたいぜ!」
「伶ちゃんかーわいいっ!」
最後は女子たちのリアクション。いつから俺はちゃん付けになったんだ?
問題の新聞には、揃いのデザインのガーリッシュな衣装を着た、5人の新ユニットメンバーが横並びで写っている。
でも、写真をガン見するのはまだちょっと怖い。

昨日のことを思い出す。現ユニット『ラッキー☆アイランド』『Q&QT』が解散して新ユニット『もがみがよシスターズ』が結成されるというサプライズの直後、俺たち新ユニットメンバーの5人は事務所の隣の部屋に集められた。
さっそく、プレスリリース用の写真を撮るという。すでにユニット公式の仮縫い衣装まで用意されていたけど、いかにも女の子っぽい。俺もこれを着るのか?
「この衣装で、今まで足りなかった、ユニットとしてのイメージをはっきりさせたいと思うんだ」とマネージャー。
これもクイズ芸人をやるための仕事と割り切るしかない。俺は自分の衣装を持って、部屋の隅の急ごしらえの仕切り(男子更衣室ともいう)に飛び込んだ。
ボトムスの脚を入れるところをまじまじとながめる。
(問題。本来は南アメリカのカウボーイが着用していたパンツに由来する、裾が広がった七分丈の動きやすいパンツを何というでしょう?)
そんな問題文が脳内で再生される。そう、ガウチョパンツだよ、男のスラックスというよりは。でも、思い切って脚を入れてみると、外側にもう一枚布がかぶさっているので、スカートのようにも見える。
トップスに袖を通す。セーラー服のようなシャツ。いや、ブラウスというのか。俺のサイズより長いかな。地面を引きずりそうで、歌舞伎役者の袴みたいだ。
ウエストにベルトを巻く。いや、ベルトというよりは太いか。
(問題。そもそもは中世から近代にかけてのヨーロッパで、女性の体のラインを補正するために用いられた下着で、現在では医療用や趣味に用いられる、主にウエスト付近を締め上げる道具を何というでしょう?)
そうそう、コルセットだよ。クイズ用語としてだけ知っていた。
キラキラした飾りに気をつけながらジャケットを羽織って、とりあえず外に出る。
そしたら、すでに女子組の調節を終えていたスタイリストさんが、「男の子は手間がかかりそうね」とか言って、俺を仕切りに押し戻した。手慣れた調子でベルトを外し、ボトムスを持ち上げて、コルセットもおなかのほうまで持ち上げて、ギュッとおもいっきり締める。「ぐはっ」と思わず声が出た。肋骨が折れるかと思った。
「そのうち慣れるわよ」
そう言われても、こういう服の着方はよくわからない。こんな上までベルトを持ち上げるのか。
……慣れるとしたら、それも怖い。
「微調整で済みそうね。仕上げは帽子。今のキミには難しいからつけてあげる」
衣装には帽子も用意されていた。頭からずり落ちないように、内側には櫛のようなものがついていて、これを髪の毛に差し込むのだという。スタイリストさんは帽子を俺の頭に乗せた後、何十本と用意されたヘアピンで、髪の毛と帽子を念入りに固定する。
次はメイクさん。やっぱり女子組4人のメイクは終えていて、待ち構えたように俺をメイク椅子へと座らせる。
収録前にもテレビ向けのメイクをされるから、慣れていたつもりだけど、本格的に顔に物を塗りつけられるのは初体験だった。気分はまな板の上の鯉。
目元が熱くなる。電熱式のアイラッシュカーラーでまつ毛をいじられているようだ。
(問題。英語でまつ毛はアイラッ/)
(アイブロウ!)
なんて言いたくなるけど、クイズのパラレル問題ならまゆ毛が先に出てまつ毛を問うほうが自然に思える。
次に出てきたのが黒い毛虫……じゃなくてつけまつげ。
(問題。『つけまつける』を歌ったきゃりーぱみゅぱみゅ。彼女の公式なフルネームは何でしょう?)
(えーと、きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ、さん。……もう時事問題とはいえないよな?)
こういうメイクでは目のまわりの処理が大切らしい。つけまつげにプラスしていろんなものを塗りたくられたから、まぶたがとにかくかゆくて重い。指で触れようとすると「こすらないで」と注意された。とにかく我慢してれば気にならなくなるはず。
鏡で見るとまるでビジュアル系バンドのような目になっていた。この間対戦したサルル・グランローブさんもこんなアイメイクだったな。……俺はああいう人たちとは違うぞ。

そしてこの光景は、『もがみがよ』の女子4人、のみならず、新ユニットから外れたメンバーたちにもじっくり観察されていた。
「伶佐ってこんな趣味あったんだ……」
「まあ、私のほうがセクシーだし」
「罰ゲームだよね」
「私も着たかった」
「僕も着たかったかも」
「私じゃ似合わなそう……」
「よろしいんじゃないでしょうか」
「……惚れてもいいかっ!」
「卒業撤回しようかな……」
「うらやましくはなかったけど、まあがんばって」
順に、なる、麻衣、岡島さん、和実、智和、奈々未、七絵、正次、卓志、猶人の声だ。
悪いが俺は男に興味はない。こういうコスプレの趣味もない。少なくとも今のところは。というか智和に着せてやろうか!? 背丈は合わなそうだけど。
変身したとの実感に浸る間もなく、写真の撮影が始まった。ポーズの注文に応えているうちに、自分がいまどんな姿なのかはどうでもよくなっていた。
「つまりは、風烈布さんも入れて5人で、『シスターズ』ですよね」
脇で七絵がつぶやいた。
(第5回に続く)

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