連載小説「ウイニングアンサー」第10回

クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第10回 2018・9・15発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))

※この作品はフィクションです。実在の人物、番組、設定などとは一切関係ありません。よって、現段階で、だれのモデルが実在のだれかはあまり詮索しないでください(笑)

(あらすじ)中学生にしてクイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐が新チームで春のスペシャル番組に出演! 次のクイズは英語! 漢字クイズもあるよ!)
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俺たち『もがみがよシスターズ』は、最初の書きクイズでは単独最下位に沈んだけれど、第2コーナーのクイズで残り2チームと同点に追いついた。
正念場の第3コーナーは3チーム同時解答のサバイバルクイズ。お題は英語のスペリング。なるに代わって、エキストラ解答者の問牧智和が出場する。
「ここで汚名挽回ですわ!」
七絵が珍しく力強い声を出す。
「汚名返上でしょ? 汚名を挽回したらダメじゃない?」
静香がツッコミを入れると。
「いいんだよ! 挽回って、汚名の状態を抜けて名誉を取り戻すって意味だから」
漢字に強い智和が説明すると、俺たちも納得。チームにリラックス感が戻ってきた。これはいけるか。

「あーっと、『もがみがよ』問牧智和、8問でストップ!」
爆発音と共にスタジオが暗転して、戦闘機の形をした解答席がガクガク揺れる。
お題は数字の「44」。画面が真っ赤になって、『fourty-four』の文字に大きな×がついた。七絵となるの早い敗退をカバーしてがんばった智和だけど、ここまでだ。
智和は往年の名俳優のがっくり顔を真似ながら、解答席を降りてきた。
「ごめん! 40のuがよけいだった! レイちゃん頼む!」
1チームは5人で、不正解は即脱落。『セブンぺたどる』は4人目の栄丘和実、大人チームの『ゴールデンアタック』は2人目の一ノ橋修さんが解答中だ。
3人目の智和からタッチを受けて、俺は飛び乗るように解答席へと腰かける。

『「菊」 頭文字はC』

これは知っている。クリサンサマムだよな。珍しいスペルの単語だよって、進学塾で大曲塾長から教えてもらってる。
俺はタブレット画面にペンで書きこんだ。
「chrysanthemum」
大人チームの一ノ橋さんはバンザイ状態。
和実は自信ありげにペンを走らせている。
いよいよ解答オープン。
俺はばっちり正解。一ノ橋さんは白紙同然の不正解。
そして和実も不正解。aとeを間違えて「chrysanthamum」と書いていた。
「『もがみがよ』風烈布伶佐、おみごと単独正解! これは難問、ファインプレーでした!」
やった! 俺は解答席右斜め前の固定カメラに、目線を向けながらポーズを決めた。今日初めての見せ場だと実感した。

隣の解答席に大人チームの下川春菜さん、その隣に『セブンぺたどる』アンカーの鷹泊さんが乗り込む。
みんなそれぞれのプライドがある。俺らはここから2問、3人全員正解を続けた。そして……。

『「変形、(昆虫などの)変態」 頭文字はM 12文字』

うっ、自信がない。確か「メタモルフォーゼ」って言葉だったよな。12文字ってヒントも出てる。
「metamolfose」
ああ、これじゃ11文字だ。画面端をダブルクリックして画面をクリアする。何か1文字増やさないと。
「methamolfose」
えーいままよと走り書きした。
オープンすると、下川さんが「metamolphoze」、鷹泊さんが「metarmrfozer」。みんなバラバラ。
『正解は……metamorphose!』
あーっと思うのと同時に。雷? 地震!? そう錯覚するくらい、体の芯から響いた。
解答席の揺れも、傍から見ているのと、実際に体感するのは違う。
『全チーム不正解! 『セブンぺたどる』ここで脱落です!』
他のチームを道連れにできたのが救いだけど、もっと答えたかったのが正直な気分だ。
『ゴールデンアタック』4番手、万能選手の小向さんを横目で見ながら、俺はアンカー静香とハイタッチ。
「『ゴールデンアタック』に恩返ししてやれよ!」
「おっけー、やれるところまでやる!」
そうは言ったものの、静香の目は笑っていなかった。
次の問題で、『ゴールデンアタック』のコーナー勝利が決まった。
やっぱり、静香はベタ問以外は苦手なんだろう。

§

「1時間休憩入りまーす!」
ADさんの大きな声が飛ぶ。前半戦と後半戦の間の大休憩だ。
俺が控え室に戻ろうとしてスタジオを出ると、すぐ近くの廊下に下川春菜さんが立っていた。隣にいるのは、なると静香。
「レイちゃんもこっち来てー」
下川さんにそう手招きされたら、行かないわけにはいかない。何か面白い話が聞ける予感。
「栄丘和実ちゃんもー」
「あ、はーい」
チームの違いを気にせず、あっけらかんと声をかける下川さんの腰のすわりっぷりが頼もしい。俺たちとしても、移籍後の和実の生の声が聞きたいと思っていたところだ。
ところが、和実が俺たちのすぐそばまで駆け寄ってくると。
「この子は忙しいんで!」
『セブンぺたどる』キャプテンの鷹泊さんが、和実の衣装の襟をグイとつかんで引き寄せた。そのまま、スタジオの外へと連れていく。そろいの軍服風の衣装が、ひときわ威圧的に見えた。
「…………」
沈黙する俺たち3人を前に、下川さんが口を開いた。
「私、中学生のとき、クイズ番組で優勝経験あるんだよ」
「そうなんですね……」
やはり、下川さんもクイズの心得があるようだ。なると俺は恐れ入るばかり。
「静香ちゃんなら知ってるんじゃないかな?」
「えっ?」
無表情だった静香が顔をひそめる。だが少し赤みがかっている。
「あっ失礼。『ゴールデンハンマー』時代は名字で岡島さんって呼んでたね」
俺の記憶でも、あのチームの人たちはそう呼んでたはずだ。
「でも、せっかく『もがみがよ』に移籍したんだから、これからは名前で呼ぼうかなって思うの。あらためましてよろしく静香ちゃん」
「あ、はい、よろしく……」
いっそう小声で、照れているかのような返事。
「静香ちゃんってさ、私の前だとひときわ固くなるんだよね。もうチームも別になったんだから、もっとリラックスしようよ」
俺たちの前だとリラックスしてるように見えるけど、いろいろ事情があるようだ。
「で、もう一度質問。私の中学生のときのクイズ番組優勝経験、静香ちゃんは知ってるかな? リアルタイムで見てはいないでしょうけど」
「えっと……どこかで聞いた覚えはあります。歌手の物まねコスプレで出場して『ケンジ君』って呼ばれてた子がいたって」
「もう、その名前で呼ばないでぇ」
「あは、そう来ましたね」
下川さんの決めゼリフが出て、静香の顔がほころんだ。
それはともかく俺としては、静香の知識量はさすがだと思った。
「でもレイちゃんは、小学生で優勝したんだよね」
いきなり話がそれて驚いたけど、俺たち3人はそろってうなずいた。今朝までの合宿で、なるも静香も聞いている話だもんな(静香は半分寝ながらだけど)。
「あ、はい。昔のクイズ番組のこと、詳しいんですね」
「まあ、お互い様ね。私はレイちゃんのお父さんも知ってるよ。ここではそれ以上は言わないけど」
ご配慮ありがとうございます、と心の中で言う。今の父さんの状況を知ったら、下川さんがっかりするだろうな。
「そんなわけで、今の私には静香ちゃんが気になるんだよね。移籍先でうまくやってるかって、気になるのは当然だよね。レイちゃんだってそうでしょ? 和実ちゃんのこと、好きとか恋してるとかなの?」
「えっ、和実? ま、まさか! 違いますよ」
俺はあわてたけど、正直なところを言った。『ラッキー☆アイランド』時代のほかの男子チームメイトには、和実のことが気になってるやつがいたかもしれないけど、俺は違うぞ。たぶん。
「でしょ? 恋とかでなくたって気になるよね。相手の動きを意識してしまう。そして、自分もがんばってるぞって見せつけてやりたくなる。さっきの英語クイズでも、そんな気持ちあったでしょう?」
「あ、そうかもですね……」
「なるちゃんだって、前いたアイドルグループの子たちを意識したりしない?」
「うーん……そうそう、収録のとき、山碓なるここにあり! って見せつけてる」
「みんなあることなんだよね。レイちゃんが和実ちゃんにいいとこ見せたいのはわかるし、移籍の理由も気になるけど、意識しすぎないほうがいいよ」
そうだ。今は特定のだれかを意識するのはやめよう。邪念は排して後半戦に臨もう。
「私だって静香ちゃんを意識しすぎた。後半は気持ちを入れ替える。リラックスしてがんばろう」
「私も」
下川さんと静香が軽く握手を交わした。
「で、レイちゃんは自然体でやったほうがいい。そのほうが衣装が似合うから」
また話題が俺に振られた。
「自然体って?」
「わざと男っぽくするんでもなくて、いつもの男の子のレイちゃんでいること。私と違ってまだ中学生なんだから、十分かわいらしさが出てるよ」
でも俺、小学校卒業から10センチは背が伸びてるんですけど。
「もう身も心も女になっちゃった私だけど、テレビじゃ『健司』って呼ばれていじられ役。今のレイちゃんたちは将来は考えすぎないほうがいいよ。今いじられるのもいい思い出。ここは空気に乗りましょう」
そこに女の人が通りかかった。大人チーム『ゴールデンアタック』(直接の所属は『アタックチャンス』)の小向芳子さんじゃないか。クイズの実力と人柄の両方で、クイズ芸人たちから憧れられている。
「あっ小向さん、おつかれさまです!」
俺がとっさに声をかけたら、小向さんも気さくに答えてくれた。
「風烈布くんよね、さっきの英語はよかったわ。後半は直接対決があるといいわね、あっレイちゃんか」
「あのねっ、その名前で呼ばないでよっ!」
「うまいっ、その調子!!」
「本家を超えたかもな!」
俺のリアクションを、間髪を入れずに持ち上げてくれた声がふたつ。下川さんと……なんと司会者さんが目の前にいた。いつの間に会話を耳にしていたのか。
「レイちゃん、さっきは残念だったけどこれから逆転できるぞ。クイズも、空気読みもな。ディレクターさんにも、レイちゃんを見捨てるなよって伝えておくぜ」
「そうよ、がんばってレイちゃん!」
小向さんと下川さんも、帽子の上から俺の頭をなでてくれた。味方が何人か増えたようで、心強い気分になった。

§

後半戦の収録が始まった。
まずは漢字組み立てサバイバルクイズ。「月」「又」など特定のパーツを使った漢字を順番に書いていき、制限時間内に書けなかった解答者は脱落、全解答者が脱落したチームは負けというルールだ。
このクイズでは、俺たちのチーム『もがみがよ』は七絵となるが降りて、漢字に強いエキストラメンバーの智和と猶人が加わる。
『セブンぺたどる』の和実も、『ゴールデンアタック』の下川さんもいない。このクイズでは七絵たちといっしょに、モニター席に引っ込んでいるようだ。
今日の漢字パーツのお題は……「皿」! 『セブンぺたどる』『もがみがよシスターズ』『ゴールデンアタック』の順に、1人1つずつ漢字を書いていく。
まず『セブンぺたどる』の子が「血」と書く。正解。
我が『もがみがよ』の1人目は猶人。「衆」を書いて正解。「この字、下半分は書きづらいよ」。
『ゴールデンアタック』の1人目、山軽充さん。孟子の「孟」で正解。学のありそうなところを見せつけている。
『セブンぺたどる』の2人目が、早くもなにも書けずに脱落。
そして『もがみがよ』2人目は静香。「わかんない!」と叫んでフリーズ、脱落。漢字バラバラクイズなら得意なのに、こういう形式は苦手だという。
「右脳じゃなくて左脳を使うのはダメなんだ!」
と俺に愚痴をたれてくる。
「そんなに苦手ならエントリーしなけりゃよかったんじゃ?」
「でも『ゴールデンハンマー』時代の恩返しはしたくって!」
俺たち『もがみがよ』一同、納得。
その『ゴールデンハンマー』のメンバーでもある、『ゴールデンアタック』2人目は浅茅野輝さん。お勉強は苦手な人なので、これまた脱落。2人目は脱落要員なのか?
『セブンぺたどる』は3人目も脱落。
『もがみがよ』の3人目は智和。「なんでみんなこれが書けないんだ?」と言いながら、「猛」を書いて正解。そう、すでに出た漢字に「へん」や「つくり」をつけるのはこのクイズのセオリーだよな。
『ゴールデンアタック』3人目はモーベツ・ロバートソンさん。「温」と書いて正解。
ここまで『セブンぺたどる』が残り3人、あと2チームが残り4人だ。
『セブンぺたどる』4人目にエース鷹泊さんが登場。「ほかの子たちとは違います!」と言いたげな勢いで「盆」と書く。正解。
『もがみがよ』4人目、俺の番だ。ここで少し難しい字を書いてみようか。「盧」。「ろ」と読む。もちろんバッチリ正解だ。
『ゴールデンアタック』4人目は小向芳子さん。「櫨」と書く。俺を意識してるのかな。正解。
『セブンぺたどる』5人目は、グループ最年長の新富史緒里(しんとみ しおり)さん。年の功でアンカーに起用されたのだろう。でも「慮」と書いて不正解。「盧」と字が似てるけど、「皿」は使われていないものな。このチーム、早くも残りは1人だけとなった。
『もがみがよ』5人目は麻衣。「盧に何かつければいいんでしょ」と言いながら、「盧」も書きかけで時間切れ。
「あー画数多い!」
マイペースな麻衣らしい?
『ゴールデンアタック』5人目は一ノ橋修さん。「流れを変えます」と言いながら「益」と書く。正解。
これで全解答者が出そろった。
『セブンぺたどる』生き残りの鷹泊さん、なにも書けずに「わかんなーい」でチーム敗退。このセット0点。
『もがみがよ』残り2人、『ゴールデンアタック』残り4人。不利なところでどうする俺たち!?
猶人も、なにも書けずに脱落。「ペンを持つと、思い出せなくなるんだよね」。
『ゴールデンアタック』は1人目に戻って山軽さん。時間ギリギリまでじらせながら「監」を書く。
そこから智和が「藍」。
モーベツさんが「檻」。
俺が「鑑」。画数が多くなる路線に入ってきた。
小向さん、「艦」を書こうとして書き損ね、時間切れ。
「あー、レイちゃんに引きずられたぁー」
俺は何も言わなかったけど、我が意を得たりだった。さっきの「盧」からの「櫨」もあったし、小向さんは俺を意識しすぎて、難しい漢字を書こうとして自滅したんだろう。
智和が敵失を活かして「艦」を書く。ありがとう小向さん。
一ノ橋さんが「盂」。「盂蘭盆(うらぼん)」の「う」だ。
俺が「盤」。
山軽さんが「蘆」。さっきの「盧」がらみのやりとりが戻ってきそう。
智和がここでついに力つきる。俺ひとりで3人と戦うのか。
モーベツさんが「盟」。
俺が「盗」。
山軽さんが「盪」。「脳震盪(のうしんとう)」の「とう」。
そして俺。…………ああっ、思いつかない! 「皿」とだけ書いて、時間切れ!
『もがみがよシスターズ』は10点、勝った『ゴールデンアタック』には30点がプラスされた。

「ほかにも漢字はたくさんありますよ。『盛』とか『盃』とか」
解答席を降りた一ノ橋さんが嬉しそうに、ホワイトボードにペンを走らせる。
漢字問題を意識している智和が「まだまだだな」と肩を落とす。猶人や麻衣、俺も同じ心境だった。
でも沈んでいる暇はない。短い休憩をはさんで、次のクイズの収録が待っている。
智和と猶人がモニター席に引っ込み、なると七絵がスタジオに戻ってきた。
「『もがみがよ』オリジナルメンバーだね。気合い入れ、やってみる?」
静香が提案する。俺たちも話に乗ろうとしたとき。
「ちょっと待っていただけますか」
七絵が、珍しく大きな声で言った。
「それより、手をつないでみませんか。もっと、柔らかく」
えっ? 七絵、どういうつもりだ?
(第11回に続く)

※某クイズ番組の漢字組み立てクイズで同じパーツが出題されていたとしても、わたしはその回を見ていません。

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