連載小説「ウイニングアンサー」第11回

クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第11回 2018・10・20発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))

※この作品はフィクションです。実在の人物、番組、設定などとは一切関係ありません。よって、現段階で、だれのモデルが実在のだれかはあまり詮索しないでください(笑)

(あらすじ)中学生にしてクイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐が新チームで春のスペシャル番組に出演! 収録も後半戦、決勝進出がかかる瀬戸際!)
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(主要登場人物)
(チーム『もがみがよシスターズ』正規メンバー)
風烈布 伶佐(ふうれっぷ れいさ) 主人公 中学1年 男?
音標 七絵(おとしべ ななえ) 中学2年 女
山碓 なる(やまうす なる) 高校3年 女
乙忠部 麻衣(おっちゅうべ まい) 大学2年 女
岡島 静香(おかしま しずか) 社会人 女

(『もがみがよシスターズ』エキストラメンバー)
問牧 智和(といまき ともかず) 中学2年 男
目梨泊 猶人(めなしどまり なおと) 高校1年 男

(ライバル若手チーム『セブンぺたどる』)
栄丘 和実(さかえおか かずみ) 大学1年 女
鷹泊 早紀(たかどまり さき) 大学2年 女
新富 史緒里(しんとみ しおり) 社会人 女
蕗野 弥生(ふきの やよい)中学2年 女

(ライバル大人チーム『ゴールデンアタック』)
小向 芳子(こむかい よしこ) 女
下川 春菜(しもかわ はるな) 女?
山軽 充(やまかる みつる) 男
矢文 琢郎(やぶみ たくろう) 男
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俺たち『もがみがよシスターズ』は、次のセットではオリジナルメンバーの5人で挑む。
あらためて気合い入れをやろうとしたとき、七絵が口をはさんできた。
「それより、手をつないでみませんか。もっと、柔らかく」
えっ? 七絵、なんのつもりだ?
「こういう具合に」
「わっ」
いきなり、七絵に左手をつかまれた。それも、ギュッと握られるんじゃなくて、すうっと軽く、持ち上げられるように。
俺が力で振りほどこうと思えば、すぐにできたはずだった。
女子と手を握るなんて恥ずかしいし、いやらしいことだ。『もがみがよ』結成以来、期せずして女子力が増えた俺にも、そんな男子中学生の常識感覚はまだ残っている。……はずだった。
「ほら、落ち着くでしょう?」
俺の手は七絵から離れなかった。磁石で吸いつけられたかのように、くっついたままだった。そして、七絵の言うとおり、高ぶっていた感情が、だんだんと冷静になっていった。
「…………」
女子と手を触れているというのに、俺の男の欲望が立ち上がるでもない。
……なんなんだ、このやわらかい手は。この純粋な優しさは。
七絵と何かが通じ合った。それが何かはわからないけど。
「そう、女子はみんな、こうやって手をつなぐんだ!」
なるがぶっきらぼうな口調(でもアイドル声)で、静香の手を強く握った。
「ひゃっ!」
静香がふりほどこうとするも、なるは離さない。
「麻衣も、静香のそっちの手を握って!」
「はぁい!」
麻衣は待ってましたとばかりに静香の肩をつかんで、そしてもう一方の手を握りしめる。
「何を!? やめて!」
「しぃっ。静香の手って、思ったより小さいのね」
麻衣が静香の耳元でささやくと、取り乱していた静香の態度が、みるみる落ち着いてきた。
静香も、他人と手をつなぐことに慣れていないのだろう。でも、俺と同じような感覚の変化を覚えているのかもしれない。
「合宿の買い出しのときも、並んで歩いてたのに手をつながなかったよね。今なら、あのときよりも心を通じあえるって気がしない?」
「……そう、かも……な……」
そして、なるのもう一方の手は、俺に向いてきた。
「こういうの、わたしもアイドルグループ時代はやってたんだけどさ、今は封印してたんだ。でもやってよかった! レイちゃんも、つなごうよ」
「もちろん、オッケーだよ」
合宿のときにも俺の前に見えない壁をつくっていたなる。その壁が、すうっと消えたように思えた。
俺が差し出した右手は、なるの左手につながった。
俺の左手は、引き続き七絵とつながっている。
両手に花、とはちょっと違うけど、ふつうの男子には味わえない気分。

なんで俺は、こんな可愛い衣装を着て、こんな女子だらけのチームでクイズをやっているんだ?
そんな疑問が、解決されたわけじゃないけど、薄れていった。
セーラー服ベースのガーリーなこの服装も、頭に乗った大きな帽子も、本当に自分のものになった気がした。そして、お揃いの衣装を着た目の前のチームメイトたちとも、一体になったように感じた。
「せっかくだからさ、気合い入れしよう」
「でも、大声出す気分じゃないよぉ」
「そうね」
なる、麻衣、静香の意思が同じならば、あとは言わずもがな。七絵と俺は、黙ってうなずいた。
「……なつくさや」
「となりはなにを」
「もがみがよ」
俺たち5人はささやくような小声でつぶやいた。それなのに、自信と力が湧いてきた。

§

『問題。化学式、C8H11N/』
ポーン! 押したのは『セブンぺたどる』新富史緒里(しんとみ しおり)さん!
「ドーパミン!」
ピンポーン!
「ほんと完敗です。新富さん、すごいですね」
営業の顔に切り替わった麻衣が、カメラに敗戦の弁。
もうひとりの解答者、『ゴールデンアタック』のモーベツ・ロバートソンさんも、目を丸くしながら新富さんの早押しを賞賛する。
各チームから1人ずつ交代で出場する、早押し一騎打ち対決クイズ。かくして第1戦は『セブンぺたどる』が制した。

「ぶーっ、なんなのあの無茶押し。化学式の途中だけで答えるなんてありえなーい。あんなの最後まで聞いてもわかんないし。構造式のほうが重要でしょ、たとえばC6H12O6がいくつあると思ってるの? なまじ知ってると、早押しできないじゃない?」
ひな壇に戻った麻衣が、隣に座った静香に小声でささやくのが、そのまた隣の俺にも聞こえた。
「そうそう。知識がある人ほど別の答えが思い浮かぶよな」
俺も麻衣に相づちを打つ。卒業した頓別正次が言っていたけど、学問の世界になじむためには、クイズとの両立は難しい。
けれども静香はきっぱりと返答した。
「C8H10N6O2がカフェイン、C8H11NO2がドーパミン、H11が決まり字、ベタ問になる化学物質は限られる」
ここまで一息で言った。
「クイズ用の知識と割り切るしかない。私も新富さんもやってきたこと。麻衣やレイにもきっとできる」
「まあ……そうだね」
「俺も同感だな。新富さん、これからはマークしないとな」
麻衣の顔色が明るくなった。俺もうなずいた。チームの空気が悪くならなくてよかった。

『問題。一説には、蒸し上がったことを示すために上にグリーンピースを置いたとも/』
「シュウマイ!」
第2戦は、なんと我がチームの七絵が正解した。
「覚えましたよ! 庶民のシュウマイはグリーンピースが載っているって! なるさん、わかりますよね?」
Vサインをしながら、ひな壇のなるに振る。
「お嬢様のシュウマイはエビが載ってるって、七絵の口癖だったもんねえー」
なるが久々にアイドルらしく語る。そういえば、前にどこかで集団で弁当を食べたときも、ふたりがそんな会話をしていた気がする。

とはいえ、このクイズでは我が『もがみがよ』は苦戦した。
結局勝てたのは七絵だけ。
なるは鷹泊さんに、静香は山軽さんに、そして俺は小向さんに完敗した。
俺の番での問題はこれだった。
『問題。アニメ『機動戦士ガンダム』の登場人物、アムロ・レイ/』
ここで小向さんが勢いよく押してきて、横の俺に顔を向けながら「レイ!」と答えて大正解。「アムロ・レイの名字は何?」という問題だった。俺だってファーストガンダムのときは生まれてないけど、アニメ史という意味で少々の知識はつけた。でもなぜあそこで押せる? 「声優は?」「父親の名前は?」「初恋の女性は?」とかいくらでも展開はあるぞ。
あっ、そうか。ポイントより前で押しているけど、解答席に俺がいることを(そして、ディレクターさんも俺をプッシュしてくれていることを)考えれば、問題の続きと答えは明白だ。
遅ればせながら気づいた俺に、当然のようにカメラが向いてくる。赤いタリーが点灯している、生きたカメラだ。
だとすれば、クイズ芸人のはしくれとして、次の言葉は決まってる。
「その名前で呼ばないでよっ!」
「答えだから仕方ないでしょっ(にっこり)」
俺は司会者と小向さんにいじられて盛り上がった。だが横目には、俺と同時に負けた和実の寂しげな顔が見えた。

§

個人個人が目立つ場面はあったけれど、『もがみがよ』のスコアは次第に沈んでいった。
決勝進出2チームを決定する最終戦の直前、1位はなんと『セブンぺたどる』。新富さんのような年長組や、移籍組の和実をメインに出したあたり、勝ちにきたメンバー起用なのだろう。
2位は20ポイント差の『ゴールデンアタック』で、『もがみがよ』は2位と40ポイント差の最下位だ。
それでも俺たちの士気は不思議と下がらなかった。きっと逆転できるから大丈夫、なぜかそう信じることができた。

最終戦の直前、セットの組み替えのため20分の小休憩。各チームはそれぞれ固まって最後の作戦会議に入る。
「みんなに大切な話だよ。わたしと七絵さ、さっきの大休憩のとき、和実たちと話してたんだ」
開口一句、なるがマジ顔で言う。静香と麻衣と俺が、下川さんたちと会話していたとき、なると七絵はどこに行ったのか気になっていたが、そういうことだったのか。
「和実とぉ? 『セブンぺたどる』の子たちとってことでしょ?」
「YES! さっき手をつなごうって言ったのも、『セブンぺたどる』がやってることなんだ」
「和実さんもそれで、あちらのチームの子たちと心を合わせることができたんです。その秘訣を、わたくしたちに教えてくださいました」
「私は元気だよ、だから心配しないで、って言いたいんだな」
月並みながら、俺はそんなことを口走った。さっきの未練ありげな態度は気になるが。
「でもぉ、そんな大切なこと、私たち敵に話してもいいものかなあ?」
麻衣の言葉を、なるが遮った。
「ううん。和実は言ってたよ。『もがみがよシスターズ』も、『ゴールデンアタック』も……」
ここまでが、なるひとりの言葉。その続きは、別の声と重なった。
「……敵である前に、クイズ芸人仲間だって」
それは静香の声だった。
移籍組の静香と和実が、同じことを考えていたとは。
俺も麻衣も、言葉を失った。七絵が大きく頷いていた。
「和実さん、私たちを元気にすることで、番組が盛り上がってくれることを願ったんでしょう」
「……よし、もう一度、手をつなごうぜ」
今度は俺が音頭をとって、5人の手がつながった。

§

『さあ、いよいよ決勝進出の2チームを決める一発勝負のクイズ、『立候補イキますか?』です!』
各チーム5人ずつ参加。問題は迷いがちな2択クイズ。出題された後、答えに自信がある解答者だけが「立候補」ボタンを押して解答する。ひとりにつき、正解すればプラス10ポイント、不正解はマイナス10ポイント。立候補しなければプラマイゼロ。
俺たち『もがみがよシスターズ』は2位と40ポイント差の最下位だから、他力を頼らずに2位に入るには全員が立候補して正解するしかない。
ルール上、問題を聞いた後での相談はナシだけど、シンプルなサインプレーはスタッフから黙認されていた。はじめに全員一致ありきだから、まじめに正解を考えるのは無意味だ。立候補ボタンを(もがみがよの中で)1番に押すのはなるか七絵のどちらかで、なるが1番に押したらAで統一、七絵ならばBで統一。さっき手をつないだとき、俺たちはそこまで決めていた。
全員が決めたとおりに書くかどうかは、また別の問題だけど。

『問題。相手に実力があって、争おうにも争えないさまのことを何という?
A:「押すに押されぬ」 B:「押しも押されぬ」』

うわっ、どちらも聞いたような言葉だけど……なんとなくBのような気がした。
でも、司会者の「さあ立候補!」の声からひと呼吸おいて、真っ先にボタンを押したのはなるだった。
Aで統一か……不安はあったけど、合わせるしかない! 俺も立候補ボタンを押した。
『おっ、最下位『もがみがよシスターズ』はもちろん全員が立候補! 1位の『セブンぺたどる』、守りに出たか? ひとりも立候補しないぞ。2位の『ゴールデンアタック』は小向さん1人が立候補! さあ、まだ時間はあるぞ! 『セブンぺたどる』どうする?』
司会者にあおられて、『ゴールデンアタック』の矢文琢郎さんと山軽充さんがボタンを押す。
モニターに映る和実の手が微妙に動いたように見えたが、結局『セブンぺたどる』はだれも立候補しないままだった。
『ああ~っ、時間いっぱい! 『セブンぺたどる』、慎重策に走ったか! ……では立候補したみなさん、解答お願いします!』
司会者さんが、ちょっと落胆したかのように顔をしかめていた。
俺はペンタブレットの画面に「A」と走り書きしてから、自分の両手のひらを見つめて正誤判定を待った。
『ゴールデンアタック』が3人立候補したから、そちらの結果次第では『もがみがよ』逆転2位の可能性が高くなる。
『正誤判定にまいります! まずは『もがみがよシスターズ』から!』
その声を聞いて、負けが確定している、つまり『ゴールデンアタック』に逃げ切られるかと思った。正誤判定の結果、俺たちが逆転しているのなら、追われる『ゴールデンアタック』を先に発表するほうが演出的に盛り上がるからだ。麻衣や静香も同じ考えのようで、不安が顔に浮き出ている。
でも、今はただ、状況を受け入れるしかない。
『結果は、これ!』
その声と共に、『もがみがよ』全員の解答席にライトがついた。
やった! 全員「A」で正解だ。
隣の席の麻衣とハイタッチ。
その直後、反対隣のなるが、俺に抱きついてきた。
いつにない喜びがそこにあった。
逆転もうれしいけど、全員が打ち合わせ通りに動けた、自我を捨てて正解できたって達成感があったんだ。
『正しい言い方はAの「押すに押されぬ」です。実力があって堂々としていることを、「押しも押されもせぬ」ともいいますが、Bの「押しも押されぬ」は誤りです。なお、菊池寛の小説などに、「押しも押されぬ」の用例があります』
そんな解説も聞き流して、俺たちはひと時の歓喜に酔いしれた。

『若いっていいですねえ。でも大人にだって意地があります! 今度は『ゴールデンアタック』の結果発表です、どうなる!?』
俺たちはまた神妙になって、運を天に任せる。現時点で3位に10ポイント差の2位。でも3位の『ゴールデンアタック』が3人正解で逆転、2人正解でも同点にされる。
『あーっ、1人正解2人不正解、マイナス10ポイント! 『もがみがよシスターズ』の2位確定です!』
「どうして立候補したのよ? 私だけなら逃げきれたのに」
「1位になって決勝のアドバンテージがほしかったんだよ!」
唯一正解した小向さんの詰問に、山軽さんと矢文さんは言い訳するばかり。
「レイちゃんは、Aって書けてよかったね」
麻衣が帽子越しに俺の頭をなでてくれる。そうだ。結果論だけど、みんなで決めたとおりに動けたおかげで、俺たちは決勝に進出できたんだ。
「押すに押されぬ敵と思われていた私たちのチームを倒したんですから、『もがみがよシスターズ』さんは立派ですよ。私たちの分まで決勝がんばってください」
立候補しなかった一ノ橋さんが、自分らを持ち上げながらも、ちょっと気の利いたことを言ってくれた。クイズ芸人仲間どうしだもんな。

§

『いよいよ若者チームどうしの決勝、『二人羽織早押しクイズ』です!』

決勝戦は、『セブンぺたどる』と『もがみがよシスターズ』の2チームから2ペア(つまり4人)ずつが出場して、それぞれのペアの合計点で競う。
(ゆうべの合宿では3ペアが交代で出場という話だったけど、今日になったら2ペア同時出場にルールが変更されていた。こういうことは、クイズ番組ではよくある)
ペアの一方が押して他方が答える(問題が読み上げられてから解答を終わるまではペア内の相談NG)、いわゆる簡易二人羽織の早押しクイズだ。ただし押す人と答える人とは正解するごとに交代する。正解でプラス1ポイント。不正解の場合、そのペアのみ次の問題の解答権がなくなるが、押す人と答える人との交代はない。早押しで解答権があるのは1ペアだけで、エンドレスチャンスはない。
1チームにつき2ペアが出場して、同じチームの2つのペアの合計ポイントが10ポイントになれば勝利だ。1位で決勝進出した『セブンぺたどる』には、各チーム1ポイントずつのアドバンテージが与えられる。

『『もがみがよシスターズ』は先ほどの全員立候補で、いい勝負度胸を見せてくれました。この決勝でも期待できます!』
さっきから、俺たちのチームは司会者さんに推されているように感じる。二択クイズで『セブンぺたどる』がひとりも立候補しなかったことを、根にもっているのだろうか。
まあ、俺たちに好意的な進行になるなら、ありがたいことだ。

『セブンぺたどる』のペア、1組目は新富さんと、今日は正解なしの14歳・蕗野弥生(ふきの やよい)さん。新富さんひとりでどうにかしようという考えか。2組目は鷹泊さんと和実。こちらは普通に戦力になりそう。
ルールが変更になったので、俺たちのペアは、ゆうべの合宿から変更した。
まず麻衣と静香。さっきの手つなぎで心が通じ合えたふたり、頼もしい。
二択クイズで活躍したなるは、今回は控え席にまわる。
「わたしはさっきの立候補で、運使い果たした気がしてさ。七絵をよろしく」
そういうことで2組目のペアは、早押しクイズは苦手な七絵を俺がフォローすることになった。合宿でつかんだ感覚は生きるのか。やってみないとわからない。
「……さあ、行きましょう。レイさん」
俺は、七絵のやわらかい手に指先を引かれながら、解答席へと上がっていった。
(第12回に続く)

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