連載小説「ウイニングアンサー」第3回

クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第3回 2017・10・9発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))

(これまでのあらすじ)
中学生にしてクイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐は、芸人仲間たちの引退表明に動揺気味。それでも、みんなで出演した『おQ様!!』のオンエアを、所属芸能事務所の会議室で見届ける。
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『ムンク!』
「やったぁ、伶佐!!」
テレビの中と、この場がシンクロして拍手する。
番組の第2ラウンド。昔のニュース映像から、話題になっている画家を当てる問題。ニュースのテロップで画家の国名が伏せられていたのを見て、俺が即座に押して正解した場面だ。
『風烈布さん、なぜあれだけでわかりました?』
『画家の出身国名が伏せられていたでしょう。有名な画家が少なくて、国名を出すと答えがわかってしまうような国だと思って、じゃあノルウェーでムンクじゃないかって』
滔々と説明する、テレビの中の俺。かっこよく決めたつもりだ。
フランスとかイタリアとかスペインとかだと有名な画家がたくさんいるから、出身国名を伏せたりはしないだろうと考えたのだ。有名な画家が少ない国でノルウェーを出したのは思いつきだから、ラッキーな正解ではあった。
問題文の外側に隠れているヒントを見つければ、クイズにも受験にも断然有利になる。俺が小学生時代から通っている進学塾の、塾長先生の口癖を実践したまでだった。

俺だけじゃない。今日の番組の編集は程度の差こそあれ、若者チームの誰にも見せ場をつくってくれた。まるで今日の4人引退を予期したかのようだ。卓志には悪いが、思い出に残る戦いだった。
ダイジェストにされた問題もあるが、それはたまたまつまらなかったから。そう割り切れるくらい、良い場面が多かった。小向さんが卓志を誘惑するくだりが全カットだったのは寂しいけど。
でも、10人のチームとしての結束は大人チームに負けていた。大人はレギュラー『アタックチャンス』の5人とゲスト5人の混成チームなのに、みんな協調してクイズに答えていた。若者のほうは確かに見せ場は多いけど個人技ばかり。それが悪い意味で出たのが、勝ち抜けのペースが遅かった決勝の早押しだ。俺にも責任はあった。無用な疑念を持ったせいで、結局ひとりもアシストできなかったこと。
「なんでアシストしないんだ」
卓志の声がしっかり放送で流れていた。マイクに拾われていた。
声の主は慌て顔だけど、この場のだれも非難の声をあげなかった。当人含む4人の卒業=引退という厳しい現実を見せつけられた今では、そんなことは先には立たないのだから。「マルクスアウレリウスアントニヌス」にしたって、引退を前に長い答えを出しておきたいという意義があったのだろう。
俺の「扇!」も七絵の「ポテト!」も、テレビの中とは違う温かい拍手に包まれた。
そして旅行券クイズではみんな無言。お通夜のようにしんみりと画面を見るだけ。大ブレーキの当事者、七絵も黙って自分の汚点を凝視している。「シーサー」のときは果たしてシーサーの写真が画面に映り、みんなに少しだけ笑みがこぼれた。
テレビには旅行券チャレンジ失敗の爆発音。七絵のサイレントなリアクションの下にスタッフロールが流れる。七絵の顔の真上には、フォローになっているのかいないのかわからないテロップが重なる。
『※音標七絵さんの解答『ユリウス・カエサル』『ジュリアス・シーザー』は『ガリア戦記』の著者であるローマ終身独裁官のカエサル(シーザー)を指すものとみなし、ローマ皇帝としては不正解としました。』
あの日の収録終了直後、博学な松音知さん(灯大のライバル校、鏡大(鏡都大学)の出身だ)が「初代のアウグストゥス以下、名前にユリウス・カエサルが付く皇帝はたくさんいるじゃないか!」とスタッフに突っ込みを入れていたからだろう。七絵としてはあくまで『ガリア戦記』のカエサルが皇帝のつもりで答えたので、誤答で当然と思っていた。
とにかく、七絵のひきつり顔で『おQ様!!』のオンエアが終わった。
『この後は、『ブロードステーション』!』
直後、レポーターの顔がアップになって、次の番組の予告が入る。ニュースと芸能バラエティーをミックスした生放送の報道番組。
でも、その映像の背景は、なんだか見覚えがある建物の中だった。別に有名な建造物とかではないのに、俺にはなじみが深い。周りのみんなも同じ顔でざわついている。
直後、画面がCMに変わった瞬間だった。
「どうも、『ブロードステーション』です!」
会議室の扉が開いて、さっきのレポーターとともにテレビカメラが入ってきた。今までの様子も隠しカメラで録画されていたらしい。そりゃ見覚えがある背景だよな。「黙っててごめん、サプライズなんだ」とマネージャー。
『ブロードステーション』のスタッフは、4人の卒業発表を、生放送であらためて伝えてほしいという。いつの間にか「卒業」の言葉が定着している。
それから十数分後。テレビ用の表情になった俺たちに、スタジオのキャスターが「重大発表があるんですよね」。4人があらためてひとことずつ卒業を宣言する。背景では俺たちが、今度はガチ半分演技半分で泣いている。
「みなさんは『おQ様!!』で2つのユニットを組まれて活動されてましたけど、メンバーが抜けると残りの6人はどうされるんでしょう?」
キャスターから、もっともな質問が飛んだ。俺たちもマネージャーに尋ねそびれていたこと。
だれが答えるんだ、と思ったところで、突如この会議室のモニターのスイッチがオンになった。その画面に、テレビカメラがズームする。

『新ユニット『もがみがよシスターズ』結成! メンバーはこの5人!』

「なに!?」「なんだって?」
俺たちの驚き声とともに、本当のサプライズが番組中で生中継されているようだ。部屋も唐突に暗くなる。
モニターに、新ユニットのメンバーの名前がひとりずつ順番で表示された。

『乙忠部 麻衣』
ひとりめのメンバーは麻衣だ。まあ妥当だな。

『山碓 なる』
シスターズというくらいだから女子を集めるんだな。でも、メンバーは5人って……。

『音標 七絵』
これで残留の女子メンバーは全員出たな。あと2人は……例えば小向さん? 年齢差が気になるけど……。

『岡島 静香』
「ええーーっ!!!」
俺も含めて全員が声をあげた。ついさっきオンエアされた『おQ様!!』にも出ていたけど、レギュラーメンバーじゃない!!
岡島さんは、つい数日前、クイズ芸人ユニット『ゴールデンハンマー』からの脱退を発表した人。早押しのタイミングの絶妙さにかけては右に出る者がいないクイズ芸人だから、俺たちにとっては尊敬の対象でもあるし、脱退にはびっくりしたけど、でも、なぜこちらの陣営に?
「はい岡島です! みなさんよろしく!」
驚きに輪をかけるように、その岡島さんの声がする。なんと、本人がこの場に現れたのだ。何人かが駆け寄る。俺も行こうか、と思った矢先、周囲のどよめきがさらに大きくなった。メンバー最後のひとりが発表されたらしい。あわててモニターに目をやった。

『風烈布 伶佐』
えっ? なぜ俺の名前!
俺って男だよな。どうしてこのユニットに!?
「うらやましいぞ!」
猶人が背中をたたいてくる。
「やるじゃん、俺をさしおいてハーレムかよ!」
卓志が拳で俺の頭をグリグリ。
女4人に男ひとりって、つまりはそういうことか!?

テレビの生中継はここまでだった。
スタジオのキャスターがどうリアクションしたのか俺たちは知らない。
(第4回に続く)

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