連載小説「ウイニングアンサー」第8回
クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第8回 2018・5・4発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))
※この作品はフィクションです。実在の人物、番組、設定などとは一切関係ありません。よって、現段階で、だれのモデルが実在のだれかはあまり詮索しないでください(笑)
((あらすじ)中学生にしてクイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐が女子4人と共にハーレム合宿!? そして新たなライバルも登場!)
「スタッフさんよ、表向きはユニット団結とかぬかしてるけど、実態はメンバーどうしの足の引っ張り合い。不毛でさ」
「いえてるー。アイドルユニットってなんか窮屈ー」
「ファンの子たちも神経質でねえ。私たちがどこかで何か言うと、これで序列が上がるとか下がるとかネットで一喜一憂してさ」
「わたくしは両親からはあれこれ注意されますけど、ファンのみなさんは大らかですわよ」
「そんで、クイズ番組にゲストで出たらカルチャーショック受けちまって、レギュラーの芸人さんたちに声かけまくってさ」
そんな声が、ふすまの向こうから伝わってくる。聞き流すには気になる話。
LDKは洋室だけど寝室になってるふた間は和室だ。横でいびきをかいているマネージャーを背にして、俺は静かに布団を抜け出し、女子部屋へのふすまを引いた。
「はにゃぁレイちゃん、来ると思ってたー」
思いのほか……でもなく、実は俺の予想どおり、あっけらかんと麻衣が迎えてくれた。なるも七絵も「ようこそ」と受け入れてくれる。
世間の男子中学生にとってはハーレムなシチュエーションかもしれないが、俺にとってはもう普通な感覚だ。男子とか女子とか、どうでもいい。
みんなカラフルな私物のパジャマを着込んでいて、ホテルの白いパジャマな俺はちょっと浮いている。
ともかく、「じゃあ、お邪魔」と会話の輪に加わった。
静香は奥の布団でひとり寝ているようだ。
なるのぶっきらぼう口調と、麻衣の幼っぽい口癖には少し戸惑った。これがふたりの地なのだろう。七絵は地でもお嬢様言葉を貫いていた。
なるのアイドルユニット脱退の裏話がひととおりまとまったころ。
「ところで、レイちゃんってクイズ歴あるのぉ?」
会話の流れの中で、麻衣がさらっと口に出した。俺の顔、少しゆがんだかもしれない。
「ごめ、聞いちゃダメだった?」
確かに、『ラッキー☆アイランド』時代には徹底スルーしていた質問だ。でも、この場なら少しは話してもいいかと思った。
「実は、あるんだ。小学生のとき。『クイズアタック』の夏休み親子大会で」
「へえーっ、すっごー」
「どこまでいった?」
「優勝。賞品として家族でハワイ旅行に行ってきた」
「お父さんお母さん、どっちと一緒よ?」
「父さんと」
「またまたすっごー」
「お父さんも強いんだ?」
「クイズの英才教育をお受けになられたのですね?」
「……まあ、そうかな」
ここで、ちょっと話題をそらしてみる。
「あと俺さ、進学塾で先取り学習してるんだ。英語と数学と物理は高3まで行ってるし、あとの科目も高1くらいまで。そのれがクイズにも役に立ってるって思う」
「ああーっ、やっぱしお勉強かよ……」
なるが肩を落とす。この四人の中ではいちばん、学校のお勉強が苦手そうなタイプ。でも先取り学習なら、ラッキー☆アイランドを卒業した頓別正次のほうが上だ。中学時代に大学の数学と物理とドイツ語をやってたそうだし、高1なのに英語で書かれた数学の論文を控え室で読んでた。ここでは言わないけど。
「そうそう! 風烈布さんってプレイヤー、昔聞いたことある!」
奥の布団の中から、聞こえよがしに静香の声がする。聞き耳立ててたな。
彼女は結局起きてくることはなかったけど、それからも俺たちの会話にときどき合いの手を入れていた。
§
頭が熱い。でも下半身は涼しい。
すぐ上には天井の照明。足下にはたくさんの視線とカメラ。そして目の前には滑り台、下にはおびただしい数のゴム風船。
そうだ、今は滑り台クイズの収録中だった。
『問題です。漢字で河の豚と書く魚といえばフグですが、……』
イヤホンからクイズが聞こえる。どこかで聞いたことがある問題。でも、今の俺はなぜか頭が回らない。
『漢字で海の豚と書く生き物はなんでしょう?』
「わ、わかんなぁい!」
思わず甲高い叫び声をあげてしまうけど、やっぱり答えが浮かばない。
「うみのぶたってぇ? え? イノシシ!」
ブーッ!
いつも以上にきついブザー音とともに、ドンと何かに背中を突かれて、俺の体は滑り台に押し出された。
「きゃあああああっ!! わあっ! わあっ!」
なんだか体がいつもよりくすぐったい。肌がすごく敏感だ。反射的に何度も悲鳴があがる。無数の風船の中に足からつっこんで、パパパパパンと割れる音。無我夢中なまま、突然体が止まった。床のプールならぬ風船溜まりにすべり込んだのだ。
『はーいレイちゃん敗退ね。いい悲鳴と表情でしたよ。ちなみに正解はイルカでしたー』
俺はADさんに手を引かれて風船溜まりから立ち上がり、スタジオの袖へと退く。クイズには間違えたのに、なぜか爪跡を残した気分だ。
そこでやっと、自分の胸の重さに気づいた。
視線を下にやる。
げっ! なんでビキニの水着なんか着てるんだ!?
おまけに、ソフトボール、いやバレーボールくらいありそうなものが2つもついている。反射的に手でもむ。
「キャッ!」
うわっ、痛い。パッドと違う!
『きゃあああっ!!』
今度は背後から俺の悲鳴が聞こえる。さっきのリプレイ映像だ。大きなスクリーンに映るのは、風船を破裂させながら叫ぶ俺のアップ顔。ひな壇の方々が拍手している。
スクリーンの俺……顔くしゃくしゃにしてて、完全に女の子じゃないか!
俺はビキニのままスタジオから駆け出て、お手洗いの個室に飛び込んだ。
まさか。おそるおそる股間に手をやってみる。つるりと滑る。ない。
――なくて当たり前だ。
――私、もともと女じゃん。
――クイズ番組に賑やかし枠で出演したグラビアアイドルじゃん! こんなことじゃ驚かないもん。悲鳴がウケたからオッケー!
でも……男子トイレに飛び込んじゃった……どうしよう!?
今度こそ、怖いものがこみあげてきた。
「きゃああああああっっ!!!!」
……目が覚めた。
なんて夢だったんだ。体が女になっているだけじゃなく、自分を女と思いこんでしまうなんて。おまけに簡単なクイズも解けないなんて。
まだ外は暗い。みんな寝ているから、用を足しに行こう。
トイレの便器の前に立つ。
……あれっ、アレが出てこない。どうなってるんだ!? えっ? なに? あれは正夢!?
「きゃああああああああああああっ!!!!!」
「どうした!?」
「レイちゃん!? 何があった?」
みんなが飛び起きて、部屋中の明かりがついた。トイレも明るくなった。
「お、俺のアレがない! なくなってて、正夢で……」
みんなに背を向けながら状況を確認すると、慣れたものが指に触れる。
「あっ、あった!」
明るいところならすぐわかる。
「あー、騒がせてごめんっ!」
ゆうべ、マネージャーと一緒に男どうしで入浴した後、服を着るとき、次に入る女子陣に急かされていたので、ブリーフを前後間違えてはいていたんだ。
「で、なあに?」
「なにがなくなったって?」
「正夢ってなんでしょう?」
女子たちが好奇の目で見てくるけど、まだ夜のうち。
俺は、早く寝てくれとばかりに明かりを消して、とっとと自分の寝床に戻った。
§
朝が来た。
寝起きにもいろいろといじられたけど、それはおいておく。俺たちは昨日買っておいたパンと飲み物で簡単な朝食をとって、ホテルをチェックアウトしてマイクロバスで事務所に戻った。
会議室で、夕方の収録に向けての予行演習なんだけど……。
「おまえら、なんでここに!?」
「エキストラメンバーとして呼び出されたんだよ」
室内にはすでに、なじみの男子ふたりの姿があった。
問牧智和と目梨泊猶人。元は俺と同じ『ラッキー☆アイランド』のメンバーだったけど、解体で所属ユニットがなくなっていた男子だ。
またテレビのカメラが入ったサプライズか? いや、さすがにそれはないようだ。
「僕らは『もがみがよシスターズ』に加入するわけじゃないけど、今日は一緒に解答者で出演することになった」
「控え席で見届け人でもいいかなと思ってた。でも、やっぱり解答したいさ」
マネージャーは無言だけど、「番組スタッフの指示だ。でも自分もうれしい」と顔に書いてあった。
俺としても前からの仲間が味方につくのは頼もしいし、個人的には、男子勢が増えるのも心強い。
「こちらこそ!」
そう返して、ふたりと手を握った。
「女子のみなさんも、あらためてよろしくっ」
智和が往年の名俳優の顔真似をしながら言った。この気取った物真似芸が素で出るのは、奴の気分がよい証拠。
「えっ……よろしく」
「よろしくお願い申しあげますわ」
なるは愛想笑いだけで戸惑いを隠せない。七絵は丁重にふたりと握手した。
「一緒にがんばろう。数は多いほうがいい」
静香は小声で、でもはっきり言った。
残る麻衣は黙ったまま、軽く首を縦に振っただけ。
意外だった。なるはともかく麻衣が不機嫌なのは。せっかく新ユニットに選ばれたのに、ユニット落選組と一緒にされるのが不本意なのかもしれない。
とにかく7人で、二人羽織クイズの予行演習は順当に進んだ。
§
もうすっかり行きつけになった「テレビサンク」局舎に移動する。今日はいつもより大きい第6スタジオだ。
控え室は男女いっしょの大部屋。衣装替えは壁際のカーテンがついた仕切りの中でひとりずつやるから、女子と同室でも変なまねはできない。もがみがよの衣装をつけた俺は、着替えの仕切りと別の壁際のメイクスペースへ向かった。
「なんだか綺麗になったね」
メイクのスタッフさんにそう言われた。今までも同じ局の『おQ様!!』で俺を担当していたおばさんだ。
「どういう意味ですか?」
「そりゃあお肌がすべすべで、ニキビも減ってるし、メイクしやすくなったよ。心当たりあるでしょ?」
大ありだ。
『もがみがよ』結成から数週間、ほんの少しだけ、女子たちからのアドバイスどおりにしただけなのに。
洗顔は爪を立てずに。化粧水と乳液もつける。出かけるときは日焼け止めでUVケアをしっかり。
食べ物はラーメン、チョコレート、揚げ物を控えめに。野菜と食物繊維を多くとる。俺の仕事のためだと、家では母さんも協力してくれた。
実を言えば、ときどきラーメンが恋しくなる。学校の同級生男子と、食事の話題で盛り上がりにくいのも寂しい。昨日の合宿の夕食のシチューも、まるでブレックファストというかレバランというか断食明けのように、とにかくおいしく感じられた。
「やっぱりだね。その心がけを大切にすれば、もっと綺麗になれるよ」
「ほんとですか? この調子でがんばります」
本音で出た言葉だった。自分でも変だ。「綺麗になった」と言われてうれしくなる、この感覚はなんなんだ。
いつもの俺なら、「クイズ強くなったね」と言われるほうが高まるはずなのに。
「はい仕上がった。いつもより女の子っぽくしたよ」
「えっ!? 俺が?」
まじまじと、鏡の中の俺に目を合わせる。そいつの目は、いつもよりぱっちり開き気味で、頬も唇も水面のようにつややか。赤い衣装と帽子が相まって、可愛らしさを強調している。でも……一応は男子に見えた。
「冗談よ。かわいい男の子に仕上がってるでしょ」
「あははは……」
「絶対今日は目立てるよ。ディレクターさんも、今日は伶佐くんを盛り立てたいって言ってたよ」
俺がスペースを立ち去ろうとすると、背中から一声。
「爪跡残してね、レイきゅん!」
”きゅん”かよ。これならレイちゃんのほうがまだましだ。
「レイきゅん、綺麗だな……」
入れ違いでメイクに入る猶人まで、そう言ってきた。
エキストラメンバーは衣装がなく私服での出演だ。ちょっとかわいそう。でも、猶人も智和も、今日はその私服がかなりかっこよかった。
俺たち『もがみがよ』が固まって雑談していると、不意に大人数の足音がする。振り向くと、見たことのある女子たちが一列で整然と入室してきた。
「おはようございますー」
「来たなぁ、『セブンぺたどる』!」
なるが少しトゲのある声でつぶやく。
そう、ユニット名をクイズ問題にするなら「7000兆ドルという意味の……」と前振りされそうな、女子だけのクイズ芸人ユニットだ。別のクイズ番組にレギュラー出演しているが、今日は初共演で俺たちの対戦相手になる。
「『もがみがよシスターズ』のみなさん、一応はじめましてですね。今日はお手柔らかに」
列の先頭のキャプテンメンバー、鷹泊早紀(たかどまり さき)さんが近寄ってきた。メンバー中でいちばん偏差値が高い高校の出身で今は名門大学在学中。確かに賢そうだ。
「こちらこそよろしく。お互いがんばりましょう」
ユニットを代表して麻衣が手を差し出す。よそ行きの言葉遣いに、社交辞令的な握手。
そして俺たちは意外なものを見た。キャプテンの何人か後ろに、俺たちにとってなじみのある子の姿。
「かずみさん!?」
「そうだ、和実だよ!」
柄に合わない大声をあげたのは七絵だ。智和も同じタイミングで気づいていた。
栄丘和実。間違いない。この間まで俺たちと同じ事務所にいたけど、クイズ芸人を辞めると言って去っていった子だ。なぜ別事務所のライバルユニットにいるのか。
だが彼女は俺たちから目を背けるように、ささっと着替えスペースに入ってしまった。
「クイズに向いてないって言って辞めたのに、どうして移籍なの?」
麻衣が聞こえよがしに声をあげた。
「よりによって、あのベタベタのアイドルクイズユニット?」
かつて和実とアイドル枠のライバルだった、なるも口をとがらせる。
「移籍ならごあいさつくらいあってほしかったです」
七絵も不満気味。
「でも、今はそっとしてあげよう。そのうちわかるさ」
静香がぼそっと言った。和実と似た事情を持っているから言えるのだろう。俺も、腑に落ちないところはあるけど、とにかく黙った。
やがて『セブンぺたどる』の子たちが次々と、揃いの衣装をつけて着替えスペースから現れてきた。軍服を思わせるダブルのブレザー。俺たち『もがみがよシスターズ』の衣装が、どことなくファミレスかファーストフードの店員ぽいのとは対照的だ。
和実もそのダブルのブレザー組に溶け込んでいた。
「1234567! 一十百千万億兆! セブンぺたどる、無限大!」
10人ほどのメンバーが、円陣を組んで気合い入れ。さすが、鉄の結束といわれる『セブンぺたどる』らしい。圧倒されそう。
輪の中の和実も目に闘争心をぎらつかせていて、俺たちと一緒の事務所だった時代からは想像がつかない。
そんな彼女を、智和や猶人が未練気味に眺めている。辞めた卓志も含めて、和実に憧れていた男子は多かった。俺は……まあおいとこう。
「おーい、私たちも気合い入れいくよー!」
麻衣の声で現実に戻った。そうだ、こちらも存在感を見せつけなくては。
「俺たちも入っていいのか」
エキストラメンバーふたりが後ずさりする。さっきの事務所での一件もあるし、そもそも女子の輪には飛び込みにくい年頃だ。
だが、そんな年頃を半ば強引に放棄させられた俺が、ふたりの服をつかんで円陣に引き入れた。
「当然だ! 同じチームだろう!」
「その通り! 智和、猶人、今日は一緒にがんばろうね!」
要領よすぎじゃないか、麻衣?
いや、本番を前にして彼女なりの本気が出てきたのだろう。この2日の合宿で俺にはわかった。
「じゃあ、今日の気合い入れはレイちゃんにお願い」
「なんで俺が?」
「レイちゃんになってから初出演でしょう?」
「ディレクターさんにも期待されてるんだし」
「最年少が盛り上げ役っていうのがいいんだよな」
そうまで言われると、話を受けないわけにはいかない。俺のボルテージも上がってくる。よし、やってみるか。
「俺が……と言ったら、……って叫んでください」
「松尾芭蕉の俳句をつなげたのか」
今朝、5人で考えた気合い入れの言葉だ。
でも、7人で言えばもっともっと力がこもる。
「なつくさやっ! となりはなにをっ!」
「「もがみが、よーっ!!」」
(第9回に続く)