連載小説「ウイニングアンサー」第13回(第1章完結)
クイズ芸人小説「ウイニングアンサー」 第13回(第1章最終回) 2018・12・30発表
作:渡辺 公恵(わたなべ きみえ( or こうけい))
※この作品はフィクションです。実在の人物、番組、設定などとは一切関係ありません。よって、現段階で、だれのモデルが実在のだれかはあまり詮索しないでください(笑)
※第1章が完結したので、少しは詮索してもいいです(笑)
(あらすじ)中学生にしてクイズ芸人の「俺」こと風烈布伶佐が、可愛い衣装を着せられて新チームで春のスペシャル番組に出演。ついに優勝を果たしたが、最後の関門はチャレンジクイズ。雪辱を果たすことができるか!?)
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(主要登場人物)
(チーム『もがみがよシスターズ』正規メンバー)
風烈布 伶佐(ふうれっぷ れいさ) 主人公 中学1年 男?
音標 七絵(おとしべ ななえ) 中学2年 女
山碓 なる(やまうす なる) 高校3年 女
乙忠部 麻衣(おっちゅうべ まい) 大学2年 女
岡島 静香(おかしま しずか) 社会人 女
(『もがみがよシスターズ』エキストラメンバー)
問牧 智和(といまき ともかず) 中学2年 男
目梨泊 猶人(めなしどまり なおと) 高校1年 男
(ライバル若手チーム『セブンぺたどる』)
栄丘 和実(さかえおか かずみ) 大学1年 女
(ライバル大人チーム『ゴールデンアタック』)
小向 芳子(こむかい よしこ) 女
下川 春菜(しもかわ はるな) 女?
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決勝戦に勝利した俺たち『もがみがよシスターズ』が、100万円分の旅行券にチャレンジする一問多答クイズの問題は……!
『世界遺産「古都京都の文化財」』
スクリーンにそう表示された。
「あてはまるお寺などの、一般的な名前を答えればOKです!」
司会者さんが言い終えると同時に、タイマーが60からカウントダウンを始めた。解答席で構えていた、麻衣の手も動きだした。
俺が思い浮かぶ答えは……10個くらいか。順番さえまわってくれば!
ペンタブレットへの筆記クイズ。制限時間は1分で、7人で答えるから、ひとりが答えられる時間は8秒ちょっと。だが、麻衣は4秒足らずで書ききった。
『こけでら』
ピンポーン。
西芳寺、別名・苔寺だ。俺も知っていた。
残り55秒、二番手の静香が解答席に立つ。
『やさかじんじゃ』
ブーッ!
まさか、静香が間違えるなんて!? スタジオ全体がどよめく。
残り49秒。
「祇園祭って八坂だよね!? それじゃ……」
『しもがもじんじゃ』
ピンポーン。
よし! 葵祭の下鴨神社だ。
京都三大祭りから神社名を思い出すあたりが、ベタ問好きの静香らしい。
残り42秒。次はなる。ここでブレーキにならないといいけれど……。
『しみずでら』
ブーッ! ひらがなで書いたのが裏目に出る。
残り37秒。
「あー間違えた!」
すぐに当人も気づいたようで、あわてて手を動かす。
『きよみずでら』
ピンポーン。残り31秒。
猶人が解答席に立つと同時に手を動かす。
『かみがもじんじゃ』
ピンポーン。
「静香ありがと!」
なるほど。要領のいい解答だ。下と上。葵祭のもう一方の神社でもある。
解答者間の相談はナシだけど、こういう形での連携プレイはアリだ。
ともかく残り24秒。ついに俺の番がまわってきた。
『二条城』
俺はペンタブレットの画面にのめりこみながら、漢字で走り書きした。候補の解答はいくつかあったけど、唯一のお城を選んでみた。
それに、ひらがなで「にじょうじょう」と7文字使うより、漢字で書いたほうが早い。
ピンポーン!
よし、計算通りだ。
残り18秒。智和が解答席に立つ。
『仁和寺』
漢字が得意な智和らしい。画数も少ないから、ひらがなを書かなくても大したタイムロスではない。
ピンポーン!
にんなじ。実は俺には思い浮かばなかった答えだ。
残るはあとひとり。みんなの連携プレイで、かなりの時間が残っているが、ここからが正念場だろう。
『最後のひとり、音標七絵さん! 時間は12秒ありますが、さてどうなる!?』
司会者さんも煽る。
七絵が指を動かして、書いた答えが……。
『ふしみいなり』
ブーッ! 伏見稲荷大社は入っていないのだ。
残り7秒。七絵は凍りつく。
背後で俺たちはただ祈るばかり。
そして俺はいつの間にか、両隣にいた静香となるの手を握っていた。
このわずかな時間が、どれだけ長く感じたことか。
「なにか、なにか書いて!」
司会者さんが絶叫する。
残り2秒、ついに七絵の手が動いた。
ペンがパッドから離れるのと同時に、タイムアップの爆発音。
だが、スクリーンには解答が残されていた。
七絵には似つかわしくない、なんとか読めるレベルの雑な字で。
『とうじ』
とうじ……東寺ってお寺は京都にあるけれど、あそこも世界遺産に入っていたか?
「判定協議中です!」とスタッフさんの声が飛んだ。
七絵は解答席に立ったまま頭をかかえている。「まちがえた~」と小声も聞こえた。
背後の俺たちも顔を見合わせる。なるが心配そうな顔でこちらを見る。静香は無表情のまま正面を見つめている。
たとえ時間に間に合ったと判定されても、不正解ならばもちろんブーだ。
「ただいまの判定は……」
スタッフさんがマイク片手にやってくる。こういう協議はほかの番組収録でも経験あるけど、それでも緊張する。
「ただいまの時間判定は……時間内でセーフとします! そして『とうじ』の正誤判定ですが……正式名称・教王護国寺、通称・東寺、正解です! おめでとう!」
ピンポンピンポンピンポーン!
堰を切ったかのように勢いよく正解音が鳴った。
やったー! とばかりに両手を上げようとしたら、一列になった6人全員の手が上がった。みんな、互いに手を握っていたのだ。こういう状況で、考えることは同じなんだろう。
12本の手がほどけて、今度こそ「やったー!」「おめでとう!」と七絵をなでまわす。
「東寺なんて知りませんでした! 本当は『とうだいじ』って書きたかったんですよ! 手が滑って書き間違えたと思ったんです!」
七絵が意外なことを口にする。まさか京都で東大寺なんてありえない。
手がすべったのも、けがの功名だ。こんな勝ち方も、七絵らしいかも。
とにかく、七絵と俺たちは見事に、古代ローマ皇帝の雪辱を果たした。
『世界遺産「古都京都の文化財」ですが、正解は、こちらの17の建物でした!』
スタジオ脇のフリップの前に立つ司会者さんの声も、俺たちにはもうどうでもよかった。
1.賀茂別雷神社(上賀茂神社)(京都市北区)
2.賀茂御祖神社(下鴨神社)(京都市左京区)
3.教王護国寺(東寺)(京都市南区)
4.清水寺(京都市東山区)
5.延暦寺(滋賀県大津市坂本本町・京都市左京区)
6.醍醐寺(京都市伏見区)
7.仁和寺(京都市右京区)
8.平等院(宇治市)
9.宇治上神社(宇治市)
10.高山寺(京都市右京区)
11.西芳寺(苔寺)(京都市西京区)
12.天龍寺(京都市右京区)
13.鹿苑寺(金閣寺)(京都市北区)
14.慈照寺(銀閣寺)(京都市左京区)
15.龍安寺(京都市右京区)
16.本願寺(西本願寺)(京都市下京区)
17.二条城(京都市中京区)
(京都府ウェブサイトより)
最後はエンディングシーン。7人全員が横に並ぶ。
年少組だからか七絵と俺が代表して、『100万円旅行券』と書かれた大きなパネルを持ち上げたところで、長丁場の収録が終わった。
§
「なんでよぉ、私のあの名解答がスルー!? 司会者のリアクションカットされてるし!」
「まあ、盛り上がらなかったからね」
「静香って、こんなとき冷静だから苦手っ!」
今日は、俺たち『もがみがよシスターズ』が見事な完全優勝を果たした『ミラベル5 春の3時間スペシャル』の放送日。
いつもどおり、所属事務所の会議室に集合して放映を見ながら、「ここで尺を削られた」「ここは大きく取り上げられた」などと反省点を上げて、今後の出演に生かすという趣旨の会合だ。
実際には、テレビに映っている自分たちを見て、収録のときの気持ちを思い出しながら盛り上がる、それだけなんだけど。
収録のときの気分を思い出すため、俺たち7人はあえてあのときと同じ服装をしている。『もがみがよ』レギュラーメンバーは、もちろん可愛い衣装だ。
『……ジョージア!』
決まった。俺のウイニングアンサー。
その直後に、司会者さんの声。
『じゃーん! これを見よ!』
あーっ、あのシーンが!
俺の指が七絵の指に触れている静止画が、画面いっぱいに映し出された。収録のとき見たモニターの画面よりも鮮明に見える。おまけに、触れている指どうしが『ここ注目!』と赤い線で囲まれている。収録番組の怖さだ。
『そっ、それは!』
『あくまで、気合い入れでっ!』
体が勝手に踊りだす俺。赤面フリーズの七絵。
テレビの前でも「キター!」と爆笑の声。今の俺と七絵も、なぜか同じモーションをとってしまう。
まさか、この後のドタバタも放映されるのか?
……いや、すぐに場面はチャレンジクイズに切り替わってしまった。
俺は胸をなでおろす。けれどもやっぱり、何か物足りない。
「和実は出ないのか?」
「俺たちの出番は?」
「下川春菜さんが飛び出してきたところ見たかったです!」
「あそこからが盛り上がったのにぃー、もったいなーい」
順に、智和、猶人、七絵、麻衣の声。
「あちらの事務所的にNGなんでしょ。クイズアイドルを前面に出してるから」
なるが訳知り顔でフォローした。
とにかく、テレビではチャレンジクイズが進行していく。
麻衣の速答も、静香のベタ問連想も、なるの切り返しも、猶人の要領の良さも、もちろん俺の早書きも、そして智和の穴ねらいも、走馬燈のように流れていく。
最後、七絵が焦りながらも書いた一筆。
『とうじ』と出た直後にCMまたぎが入る。
だが、その間(ま)が却って今の俺たちを高まらせた。CM明け、もう一度確かめるように『とうじ』を見る。結果はわかっているはずなのに、この場にいる7人が、本番のときと同じように(いや、今日は七絵もいるから正確には同じじゃないけど)、一列になって手を握っていた。
そして、ピンポンピンポーンのチャイムとともに、みんながあらためて「おめでとう七絵!」。まるで新年のカウントダウンみたいだった。
「でもさー、100万円旅行券ってまだなのぉ?」
「来週には事務所に届くらしい」
「楽しみだね」
「俺たちエキストラメンバーにも分け前あるんだろ」
「当然だよ。7人みんなで戦ったんだから」
これは、背後から見守っていたマネージャーの声。
「7人みんなって言っても、俺たち私服だと締まりが悪かったな」
「僕も同感。テレビで見ると、レギュラー5人に格差をつけられてた」
「そんなことない。かっこいい私服だったよ」
これはなるの声だ。
それでも猶人と智和が物欲しげに俺たちを見るもんだから、こちらも今着ているものを見せつけながら言ってやった。
「そんなに格差って言うなら、俺の可愛い衣装、着てみたいか?」
「着るのは遠慮する。見るだけで十分」
そういう目で見てるのか?
とにかく、いったんすべて事務所に入るギャラと違って、賞品の100万円旅行券はチームの7人で山分けされることになっている。ひとり頭14万円で、余った2万円は、チャレンジクイズで最後を決めた七絵、そして末っ子の俺に1万円ずつまわってきた。さあ、15万円分の旅行券、どう使おうか。両親に相談しないと。
七絵は、京都かローマに行きたいと言ってた。京都なら簡単だけど、ローマは15万円だと難しいかもな。
「みんなー、こんな書き込みが来たぞ! スマホをチェックしろ!」
マネージャーが素っ頓狂な声をあげた。
『『もがみがよシスターズ』風烈布伶佐くん、『ミラベル5』ウイニングアンサーおめでとう! ライバルチームからも祝福します。これからもお互いがんばりましょう!』
『セブンぺたどる』のグループ公式アカウントから、SNSに一般公開の投稿があったのだ。
「なぜ『『もがみがよ』おめでとう』、じゃなくて『伶佐くんおめでとう』なんだ?」
「まあいいでしょう。今度は静香さんも爪跡を残しましょうよ」
俺の名前が出るのは、ウイニングアンサーのときカットされたあのシーンの話題だからだろう。栄丘和実のアカウントではないのが不思議だけど、あれが『セブンぺたどる』なりの奥ゆかしさなのだろう。
「これ、うちからもお礼のリプライをしようと思うけど、意見あるか?」
「いいですけど、俺の名前を出すと、あとあと面倒になりませんか」
「そうだな。じゃあ、『もがみがよ』のグループ公式アカウントからにしよう」
そういうことで、マネージャーにリプライしてもらった。
「送信したよ。これでも、ちょっとはスキャンダルになるかもな。覚悟しないとな」
「あちらから書いてきたんだから、返事をするのは当然の礼儀でしょ」
「むしろ少しは騒がれたほうがいいでしょう。私たち、クイズ芸人なんですから」
なると七絵が、俺の頭をなでながら言う。
その直後、今度は大人チームだった下川春菜さんのアカウントから投稿があった。
例のウイニングアンサーの前から俺に思い入れがありまくりの、女だか男だかわからないあの人だ。
『『もがみがよ』優勝おめでとう! 特にレイちゃん、ウイニングアンサー見事でしたよ! また会いたいな!』
「すっごーい! レイちゃんご指名だぁ!」
麻衣が背後からツッコミを入れてきたものだから。
「その名前で呼ばないでよっ!」
俺は自分のスマホの画面に向けてそう叫んだ。直後、下川さんの投稿にリプライがついた。
『その名前で呼ばないでよっ! BYレイちゃん』
マネージャーが『もがみがよ』公式アカウントからリプライ投稿したのだ。
まいったなあ。
でも気分は悪くなかった。あの場面が放映でカットされた未練が、少し晴れたように思えた。
§
あの日の放映の後、心配していたようなスキャンダルにはならずにすんだ。むしろ『もがみがよシスターズ』は普通に話題になって、テレビや雑誌の取材がいくつも入った。当然、俺は可愛い衣装で取材を受けた。
そんな春休み後半も終わり、俺は中学2年に進級した。
新しい教室に、新しい同級生。久しぶりの男子制服。髪型がちょっぴりガーリッシュなショートカットになっているけど、一応男子には見える。
そうそう、この「ガーリッシュ」は「少女らしい」の意味であって、決して「けばけばしい」ではない。
『問題。英単語の綴り、「けばけばしい」という意味のガーリッシュにはあって、「少女らしい」という意味のガーリッシュにはない、ひと文字は何?』なんてクイズができそうだ。
答えは「a」。「けばけばしい」は「garish」、「少女らしい」は「girlish」。
あっ、「けばけばしい」は「a」があるかわりに「l」がないのか。だったらクイズにするには苦しいか。
長期休暇が終われば、レギュラーの収録以外は学業優先。
とにかく、日常が戻ってきた。
昼休み、教室の隅から気になる音が聞こえてきた。1年のときから同クラだった同級生男子ふたりが、スマホで動画を見ているようだ。
俺は奴らの背後から覗いた。
スマホの画面の中で、数人の女の子が並んで立っているのが見えた。俺の好みは……。
「右の背が高い子、いけてるな! 衣装も可愛いな」
俺がそう口に出すと、動画を見ていた奴らも気がついた。あわてて電源をオフにする。
「わっ! ……って伶佐か」
「先生には言うなよ!」
「わかってるって」
校則ではスマホの持ち込みはOKだけど、先生の許可なく電源を入れるのはNGだ。でも、俺だってそこまで堅物じゃない。
「ところでさっき、右の子がいけてるって言ったよな」
スマホの持ち主らしい奴が、もう一度電源をオンにして動画をスタートさせた。
「ほれ、この子だよ」
さっきの女の子たちが並んでいる画像が静止画になった。
どこかで見覚えがあるガーリッシュな衣装……よく見ると、『もがみがよシスターズ』だ!
「これ、おまえだよ、伶佐」
もうひとりが、画面の右の子を指さす。
静止画を数コマ進めると、果たしてその子がアップになる。……俺だ!
「自分が出た番組だぞ。忘れたのか?」
「見てないのか? レイちゃん」
そ、そんなこと言われても!
「学校じゃ忘れたいよ! それに、いろんな番組収録あったから全部はチェックできないって」
俺は顔をそむけるようにその場を去った。
男子トイレの個室に駆け込んだ。
先入観なしに見た自分を、可愛いと思ってしまうなんて、なんてことだ。
§
「……でも、クイズ芸人としてはいいことだと思うぞ」
この日の夕方は天野川塾だった。
金髪リーゼントのヤンキー塾長、大曲先生も、あの日の『ミラベル5 春の3時間スペシャル』を見てくれていた。
ということで、授業の後の教室で、塾長とふたりだけの会話。
「伶佐くん、モテてたじゃないか。音標さんとか、問牧くんとか、ライバルチームに移籍した栄丘さんとか、大人チームの小向さんとか」
えっ? 塾長も、カットされたあのシーンのことを言っているのか?
「そ、そんなシーン、放映されていないでしょう」
「ははーん、放映されてないってことは図星だな。俺だってそんなシーン見てないけど、番組全体の空気で、伶佐くんを気にしてる人が何人もいるってわかるよ。ウイニングアンサーのときなんか、スタジオ中が君を祝福したがっていた」
「鋭いです……」
やっぱり大曲塾長は灯大卒って学歴だけでなく、人間ができている。
「みんなに愛されるっていいよなあ。可愛いレイちゃん、俺も好きだぞ」
「あーっ、その名前で呼ばないでよっ!」
「はははは、俺だって、あの『ジョージア!』は感動したぜ。やっぱりクイズはウイニングアンサーだよな」
「それはいえてますね」
「前にも言ったけど、AIと棲み分けできる未来の頭脳アスリートを目指してがんばれよ!」
俺はこれからもクイズを続ける。
みんなに愛されるクイズ芸人となるため。
最高のウイニングアンサーを求めて。
そして、未来の頭脳アスリートを目指して。
いつまで可愛い衣装を着ているかは、わからないけれど。
(とりあえず、第1章完。……もしあれば、第2章で逢いましょう!)